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 普通の『好き』という気持ちと、特別な意味での『好き』という気持ちは、一体どこで分かれるのだろうか。 いわゆる恋愛感情というものが、私にはいまいちよくわからなかった。実感が湧かないと言えばいいのか。
 よくわからないものは信用できない。人間の心理だ。
 だからこの期に及んで、私はレオンさんを信じることができなかった。



 また明日、とレオンさんは言ったが、どんな顔をして会えばいいのか。出会って初日に手にちゅーをされて、 二日目にはでこちゅーされて。もしかしたらあの人は、一番の危険人物なのではないだろうか。
 昨夜の、レオンさんの真剣な眼差しを思い出す。からかっているのではないか、というほど悪意的解釈をするつもりはない。 しかしどうしても、純粋な好意に基づくプロポーズだと信じることができないのだ。
 異性との関わりが極めて少なかった私ですらわかるほどに、レオンさんは格好いい。素敵な男性だと思う。きっと、 もてもてなのだろうと推測できる人。しかも一国の王子様だ。そんなレオンさんが、私なんかを好きになるとは思えない。
 恋愛感情はわからない。レオンさんもわからない。わからないから、どう対応すればいいのかもわからない。
 延々とそんなことを考えているうちに、いつのまにか朝になってしまった。明け方に少し眠っただけだというのに、 目はぎんぎんにさえている。
 昨日と同じメイドさんに用意してもらった美味しそうな朝食をだらだらと美味しくなさそうに平らげて、一人ではいまいち 着方のわからない洋服を着せてもらって、その格好のまま広いベッドの端の方に仰向けに寝転がる。知恵熱でも出るんじゃないかと 思うくらいに真剣に考えてみたが、結局、レオンさんにどんな態度をとればいいのか、結論は出なかった。
 コンコン、とこの二日間でだいぶ聞き慣れてしまったノック音が響く。弾かれたように飛び起きて、慌てて扉に駆け寄ろうとした 私は、悲しいことにそのまま足をもつれさせて転倒した。
「ったー…」
 こちらの異変に気がついたのか、勢いよく扉が開かれる。部屋に飛び込んできたフェルローさんは、 うずくまる私を見て目を丸くした。
「…一体何事があったのか、質問してもいいかな?」
「……いえ、ここはスルーして下さい…」
 恥ずかしすぎる。
 さりげなく差し出されたフェルローさんの手につかまって立ちあがる。フェルローさんはそのまま私の手を引いて、 ソファまでエスコートしてくれた。一人で歩けます、と言いたい気持ちを堪えて、私はその厚意に素直に従った。 ソファに座った私を、しゃがみこんだフェルローさんが見上げてくる。
「怪我は?」
「大丈夫です。絨毯、ふかふかでしたから。少し痛かったくらいで、怪我は特にない、と思います」
「ならよかった」
 フェルローさんが笑う。それはいつもの、からかうような笑顔ではなく、なんだかとても優しいもののような気がして、こんな顔も できるのかと私は少し意外に思った。そんな私の思いを知ってか知らずか、すぐにフェルローさんはにやりと表情を変えた。
「しっかりしているように見えて、結構そそっかしいんだ」
「放っておいて下さい」
「随分と冷たいことを言うなぁ。未来の夫候補に向かって」
「なっ…!?」
 それは、今の私には禁句だ。
 昨日のレオンさんとのやりとりを思い出して、みるみるうちに顔が赤くなっていく。まさに茹でダコのようだ。
 そんな私の有様を見て、フェルローさんはただ一言つぶやいた。
「ふぅん…」
 何が『ふぅん…』だ、と。襟首をつかんでがくがく揺さぶってやりたい衝動に襲われる。思わず凶行に及んでしまう前に、 私はさっとフェルローさんから距離をとった。
「…今日は、フェルローさん一人なんですか?」
 尋ねたのは、いつも一緒だった王子二人の姿が見当たらなかったからだ。
「レオンとクライスは急な仕事が入ってしまってね。今日は来られなくなったんだ。それで俺が、二人の分までマナカのお供を 仰せつかってきたって訳だよ」
 ということは、今日はレオンさんと顔を合わせなくていいのか。
 問題を先延ばしにしているだけだというのは重々承知だったが、それでも私はほっと胸を撫で下ろした。
「マナカ」
 呼ばれて、顔を上げる。
 いつのまにか、極めて至近距離にフェルローさんの顔があった。慌てて離れようとする私の退路を塞ぐように、フェルローさんが ソファの背もたれの部分に手を置く。自分自身の腰かけたソファとフェルローさんの両腕とに、完全に包囲される。
「フェルローさん、ち、近いです…」
 身をのけぞらせることで、できる限り最大限フェルローさんとの間に距離を置こうとする。しかしそんな私を更に追い詰めるように、 フェルローさんはぐっと顔を寄せてきた。真正面から私の目を、その奥の心まで見透かそうとでもするように、のぞきこまれる。 そして次の瞬間、フェルローさんの口から発せられた質問に、私の頭の中は完全に真っ白になった。
「レオンと何かあった?」
「ど、ど、ど…」
 どうしてそんなことを。
 そんな簡単な言葉すら出てこない。
「何をするにも情報収集は基本だからね。昨日の夜に、レオンがマナカの部屋に行ったことは俺だけじゃない、クライスだって 知っているさ」
 なぜこの世界の人間は、誰も彼も人様のプライバシーを尊重しようという気がないのだろうか。探偵ですか、それともストーカー ですか。ここが異世界でなかったら、間違いなくそう問いかけているところだ。
「ま、レオンがやりそうなことなら、だいたい想像がつくけどね」
 ひょいと肩をすくめる仕草。そして、一気に核心を突かれる。
「プロポーズでもされた?」
 ずばりと。
 ものの見事に。
 大正解だ。
「やっぱりね。そんなことだろうと思った」
 私が何も言い返せないでいることなどお構いなしに、フェルローさんは続ける。
「それで、マナカはどうするんだい?レオンと結婚する?」
「そんなこと…」
 答えにくいことを、ずばりずばりと訊いてくる。いや、答えにくいというより、答えられないことといった方が正しいかもしれない。 まだ自分自身、答えなど出ていないのだから。
「ま、俺としては、どっちでもいいんだけどね」
 自分から質問してきたくせに、フェルローさんはあっけなく引き下がった。むしろ放り投げたといってもいい引き際の良さで私を 解放すると、向かいのソファに腰を下ろす。
「マナカがレオンと結婚するのなら、それはそれでいいんだ。王という立場にも、マナカにも、そこまで絶対の執着があるわけじゃあ ないから」
 失礼なことを言われているはずなのに、むしろ私はほっとしていた。レオンさんのように過大な期待をされるのは正直、重荷だ。 私など『どっちでもいい』というくらいでちょうどいい
「だけどね、マナカ」
 さっきよりも物理的な距離は遠いはずなのに、なんだか精神的に追い詰められているような、息苦しい感じがする。
「もしマナカが、レオンもクライスも選ばないんだったら、その時は俺がマナカをもらうから」
「言っている意味が、よく…」
「わからない?簡単なことだよ」
 艶やかな笑顔。なぜだかそれが、少し怖い。
「俺だけのものにしようってほどの情熱はないけど、手放したくないと思う程度には、俺はマナカに執着しているのさ。要はマナカが ここにとどまってくれて、手の届くところにいてくれればいいんだ。だから、あの二人がマナカをつなぎとめてくれるなら、 それはそれで俺の望むところだ」
 たった一日や二日で、王子たちをわかったつもりになっていたことを私は激しく後悔していた。何もわかってなんかいなかった。 私が見ていたものは、レオンさんやフェルローさんが、私に見せようとしてくれていたものだけだ。そしてそれは、決してその人の 本質でもすべてでもない。
「まぁ、まだ時間はあるから。ゆっくりと考えればいいさ」
 一見すると優しいように思える言葉も、もはや額面通り受け取ることはできなかった。
「さてマナカ。今日はどうする?」
 それでも、今この場でこれ以上この話を続けないでくれる、おそらくは優しさなのだろう心配りに、私は飛びついた。
 レオンさんから逃げて、フェルローさんからも逃げて。臆病者と罵るならばそれでもいい。そんなことは、自分が一番 よくわかっている。わかっていても、どうしようもないのだ。
「マナカも、色々あって疲れているだろうし。今日は休んだ方がいいかもしれないね」
「そう…ですね。今日は、お言葉に甘えさせて頂きます」
「じゃあ俺は出て行くよ。ここにいたら、かえって邪魔になるだろうし。何かあったら俺でも、誰でもいいから遠慮なく つかまえるといい」
 頷いた私にそれじゃあ、と手を振って、フェルローさんは颯爽と部屋を出て行った。



「ふぅ…」
 心地よい風に吹かれながら、私は重い重いため息を吐き出した。
 思いがけず一人の時間をもらった夕方、ひたすら室内でごろごろうだうだするのに飽きた私は、気分転換するべく散歩をしていた。 といっても昨日、王子たちに案内してもらった道筋をたどる程度のものだ。その途中の、バルコニーのような場所で、私は手すりに 寄りかかって外の風景を眺めていた。
 誰とも結婚なんてしない。これは当事者全員の総意なのだと。はっきりロゼリアラさんに言って、こんなファンタジックな展開とは さよならする予定だったのに。
「なんでこうなるかな…」
 完全に計算違いだ。
 レオンさんだけでなく、フェルローさんからもあんなことを言われるとは思ってもみなかった。
「はぁ………」
 再度ため息をついたその時、ふいに背後に影が落ちた。振り返ろうとした私の口元に、何かが押し当てられる。
「………!?」
 不愉快さを伴った強いにおいが鼻をつく。
 それと同時に、私の意識は暗転した。






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