誰からも愛される人間なんて、幻想世界の住人以外にはありえない。そんな夢を見ていられるのはせいぜい十代の頃までだ。 年齢を重ねれば重ねるほどに、自分たちの生きる世界がどんなものであるかは見えてくるし、自分自身がどんな人間かということも わかってくる。
 つまり、何が言いたいのかというと、私のようにとりたてて見かけがいいわけでもなく、特筆すべき技能があるわけでもない人間が、 いきなり三人もの金髪美形の王子様に愛されるなんてありえないということだ。



 その日の晩、私は密かにレオンさんを呼び出していた。といっても、決して色っぽい理由からではない。 単純に訊きたいことがあったからだ。
 今日一日という短い時間ではあったが、なんとなく、三人がそれぞれどんな性格なのかわかってきた気がする。 そしてその結果として、私は質問相手にレオンさんを選んだ。クライスさんは悪い人ではないが、なんだか必要以上に 私に気を遣ってくれているような気がしてかえって緊張してしまう。フェルローさんは、初めから問題外だ。 あの人には何か質問したとしても、真面目に答えてくれるとは思えない。たまに突飛な行動することはあるが、 三人の中ではレオンさんが一番気負わずにきちんと話せそうな相手だった。
 しんと静かな室内に、ノックの音が響く。私が返事をすると、レオンさんは失礼、と一言添えて扉を開けた。
「すみません、来て頂いて。ありがとうございます」
「いや。構わないよ」
 立ち上がってレオンさんを迎える。部屋の中央に置かれたソファをレオンさんに勧めて、私はその向かい側に座った。
「…今日は、ありがとう」
 突然ありがとうを返されて、私はきょとんと目を瞬いた。
「私たちと普通に接してくれて。怒ったり、泣いたりするのではないかと思っていたから、安心した」
 どうやら気にしてくれていたらしい。
 確かに昨夜、レオンさんたちを追い出したときは心底怒っていた。一人になってから、なんでこんなことにと少しだけ泣いた。 今、こうして普通でいられるのは、これが最悪の状況ではないからだ。あと何日か待てば帰るあてはある。待遇もいい。 細かいことを気にしなければ、むしろ楽しかったりもする。レオンさんたちのせいで最悪に近いが、レオンさんたちのおかげで 最悪ではない。おかしな話だが、そんな感じなのだ。
 そんな諸々の本音を曖昧な笑顔に隠して、とりあえず私は心配してくれたレオンさんの心遣いに謝辞を述べた。
「それで、私に訊きたいこととは?」
 すっと背筋の伸びたレオンさんにつられるように居住まいを正して、私は本題に入った。
「レオンさんは、私のことをどうお考えですか?」
「どう………とは?」
「言葉のままです。私という存在をどう思っているのか、それを訊きたいんです。いきなり私みたいなのが出てきて、 結婚相手とか、王様を選ぶとか…嫌だって、思ったりしないんですか?そもそもどうして、よりによって私なんですか?」
 ろくに息継ぎもせずにまくしたてる。女子アナも真っ青な早口言葉。少しばかり息が切れているのは気にしないことにする。
「決まりだとか、伝統だとか、そういうことではなくて。レオンさん個人の考えを教えて下さい」
 とは言ってみたものの、答えなど聞く前からわかりきっている。王様になるためとはいえ、私と結婚など本音の部分では 嫌に決まっている。嫌われてはいないのかもしれないが、それとこれとは話が違う。ただ、本人の口から直接聞く必要があった。 そうすれば、こんな馬鹿げたことには付き合えない、これが当事者の意見なのだ、とロゼリアラさんにもはっきり言える。
「最後の質問…マナカが選ばれた理由だが、これは占いで決められる」
「う、占いですか?」
「ああ。そうして、この国と最も相性のいい者が選ばれる。マナカは、ロゼリアラが占ったんだ。もう十年以上も前になる」
「十年前…」
 開いた口がふさがらない。
 そんな昔から、私は目を付けられていたのか。しかも占いが原因で。
「一番初めは、偶然この世界に迷い込んだ人間を当時の王が保護した、ということだったらしいんだが…。 すまない、こればかりは、国の決まりごとなんだ。そして実際、占いによって選ばれた者を伴侶に迎えて、この国は発展してきた」
 つっこみを入れたい部分は多々あるが、こんな風に言われたら何も言えなくなってしまう。多分この世界においては、 異世界から王の伴侶を召喚することも、それを占いによって選ぶことも、疑問に感じる余地もないくらい当たり前のことなのだろう。 私たち日本人が、伝統的にクリスマスを祝いながら神社に初詣をしているのと同じようなものなのかもしれない。 無理矢理にでも納得しなければいけないところなのだろう。
「…マナカは私たちのことをほとんど知らないのだろうが。私たちは、マナカをずっと見てきた」
「え?」
「ロゼリアラに頼んで、マナカのことを見せてもらっていたんだ」
 ものすごいカミングアウト。
 やはり、私にはプライバシーはなかったらしい。
「……見ていたなら、わかるでしょう。王様を選んだり、一緒に国を支えたり、そんなことは私にはできません」
「できるさ」
 さらりと断言される。
 怒りとか、羞恥心とか、呆れとか、そういったものをすべて通り越して、私はぽかんとした。なぜ他人が、私のことを こんなにも自信満々に言い切ることができるのか。不思議で仕方なかった。
「見てきたからこそわかる。マナカなら大丈夫だ」
「……どうしてそんな…」
「そういうところだ」
 私の顔を見ながら、レオンさんはとてもおかしそうに笑っている。
「自分を過信しない。ただの一国民として、物事を見ることができる」
「だって…実際、ただの一国民ですから……」
 元々そんなに偉い存在でもないのに、過信しようがないではないか。
「素直になれなくて、後になって後悔するところも。本当はとても他人に気を遣っているところも。ずっと見てきたんだ」
「………」
 何も言えない。色々と、見られたくないことを見られていたのかもしれないと考えるだけで恥ずかしいのに、 そんな分析までしないで欲しい。今なら恥ずかしさで死ねるような気がする。
「将来、私たちの家族になる人だと言われて。もうマナカは、私にとって家族の一員のようなものだ。 フェルローやクライスと変わらない」
 光栄です、とでも言えれば、まだ可愛げがあるのだろう。しかし咄嗟に私の頭に浮かんだのは、それって暗示とか催眠とか 思い込みとかいうものなんじゃないでしょうか、という、なんともひねくれたつっこみだった。勿論、実際に口に出す度胸はない。
「私は長兄だから、弟たちを守る責務がある。この国の第一王子として負うべき義務も大きいと思っている。 守るべきものを守るために、私は王になりたい」
 すっと伸びてきたレオンさんの手が、私の手に重なる。そのまま、きゅっと握りしめられた。
「私は欲張りだから、大切なものはすべて自分の手で守りたいし、大切な人に、そばで笑っていて欲しい。 マナカにも幸せになって欲しいんだ」
 胸が、どきどきとうるさく音をたてる。まっすぐな青い瞳が、つながった手のひらの温かさが、私の体温を上昇させる。 男性というものにほとんど免疫のない私に、こんな仕打ちは反則だ。ずっと私のことを見てきたなら、そんなことはわかるだろうに。
「マナカ。どうか私を選んでくれないか?私と、結婚して欲しい。絶対に幸せにすると誓う」
「………」
 こういう時に、一体どんな反応を返せばいいのかさっぱりわからない自分が恨めしい。何か言いかけてはやめ、 口を閉じてはまたすぐに開き、私がひたすら動揺していると、ふとレオンさんの真剣な眼差しが和らいだ。 親しみやすいレオンさんに戻って、思わずほっとする。
「すまない。困らせるつもりはなかったんだ」
「は、はあ…」
「今すぐに返事をくれなくともいい。ただ、私の気持ちは覚えておいてくれないか?」
「わかりました…」
 なんとかそれだけ返す。
 ああ、緊張のあまり、背中に変な汗をかいてしまった。
「それでは、私はそろそろ自分の部屋に戻るよ。マナカも、あまり夜更かしをしない方がいい」
 小さな子供を持つ父親のような言葉を残して退室しようとするレオンさんを見送ろうと、私はレオンさんの後について立ち上がった。 廊下に出たレオンさんに、軽く頭を下げて挨拶をする。
「おやすみなさい」
「ああ………おやすみ」
 レオンさんはなぜか少し考えるようにした後で、不意にその長身をかがめた。そして優しい手つきで私の前髪をさらりと 撫で上げると、露になった額に唇を落とした。
「…っ!?」
 ばっ、という。効果音が聞こえてきそうな勢いでレオンさんから飛んで離れる。
「なっ、なっ…」
 うまく言葉が出てこない。
 そんな私に、レオンさんはそれはそれは魅力的な笑顔を浮かべた。
「また明日」
 ぱたりと閉まった扉をしばし見つめて。
 私は、へなへなとその場に座り込んだ。






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