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 海を挟んだ向こう側に日本と異なる国があるように。
 異世界というものは、意外とすぐ近くに存在しているらしい。



 なんてことを言われて、はいそうですかと信じられるはずがない。
 そんな思いが顔に出てしまったのだろう。その女の人はにっこりと美しく、しかしどこか 底意地の悪さを感じさる微笑を浮かべた。
「現に、こうして異世界に来ているのだから。目の前にある事実を信じるのが正解ではなくて?」
「………」
 反論をする隙間もない。
 これがいわゆる夢オチというものであったらどんなにいいだろうと思うが、どれだけ時間が経っても いっこうに目が覚める気配はなかった。
「ようこそファランディーアへ。歓迎するわ、マナカ」
 当たり前のように名前を呼ばれる。
 私はこの人たちのことを知らないが、この人たちは私のことを知っている。さっきから 感じていたことだが、私の感覚は正しかったらしい。しかしなぜ私のことを知っているのか。 いくら考えても心当たりがなかった。
「混乱しているのね。可哀想に」
 可哀想と言いながら、くすくす、と楽しそうに笑う。
「とりあえず自己紹介をするわね。私はロゼリアラ。このファランディーアの王宮付き魔術師を しているわ。マナカをこの世界に喚んだのも私よ」
「なっ…!」
 なんでそんなことを。
 思わずそう叫ぼうとした私を制して、ロゼリアラさんはめいめい好きな場所に腰掛けている三人の 美形男子たちを大仰な身振りで示した。
「この子たちの紹介がまだよ。マナカにとってすごく大事なことだから、こっちが先。三人とも、 こっちにいらっしゃい」
 ロゼリアラさんに手招きをされて、三人が私の前に並んで立つ。
 思わず私が身構えたのを見て、真ん中にいた一人、さっき一番初めに部屋に入ってきた男の人が さっとその場に膝を着いた。下から見上げる目線で、ふっと笑う。
「私の名はレオンだ」
 笑うと少し目尻が下がって、優しげな、親しみやすい雰囲気になる。
「そんなに警戒しないでくれ。こうして君に会えて嬉しいよ」
「次は俺の番だね」
 私とレオンさんの間を遮るように右側にいた男の人がずいっと前に出た。さっきいきなり私の額に 手を触れてきた、二人目の人だ。
「俺はフェルロー。よろしくね」
 ぱちん、と器用なウインクを一つ。
 素でウインクをするような人間が本当に存在するとは思ってもみなかった私は、思わずぎょっと目を 見開いた。しかしそんな気障な仕草も、綺麗な顔をした人間がやるとまったくおかしくなく見える。 むしろ似合っているとすら思えるから不思議だ。
 ついまじまじと観察してしまった私は、ちらりと男の人のくせにやけに色っぽい流し目を送られて、 赤面した。
「照れてるの?可愛いなぁ」
 嬉しそうに伸ばされた手は、私が避けようとする前に止められた。レオンさんの左側から手を伸ばして、 最後の一人がフェルローさんの手をつかんでいる。
「フェルロー。その…あまり、そういうことをするのはよくないかと」
「そういうことって、俺が一体何をすると思ってるのかな、我が弟殿は」
「それは…」
 言いにくそうに視線をそらした隙に取り返した手で、フェルローさんはそのまま『弟殿』の頭を くしゃくしゃっとした。
「冗談だよ」
「………」
「さぁ、お前も早く自己紹介を済ませるといい」
 ふう、と一つため息をついて。
 三人目がまっすぐに私を見つめる。その強い眼差しを正視することができず、私は斜め下の床に 視線を落とした。
「俺は、クライスです」
 見下ろされる、つむじの辺りに視線が刺さる。
 こんな風に人から見られる経験があまりなかった私は、居心地の悪さを感じて思わず自分の体を 抱きしめた。
「この子たちは、次代のファランディーアを担う王子たちよ」
 王子。
 なんという現実感のない単語だろう。
 そして次の瞬間、爆弾は落とされた。
「マナカ。あなたにはこの子たちの中から、夫を選んでもらうわ」
 先に言わせてもらうと、私は非常に小心者だ。特に人目が気になって仕方ない性格なので、 言いたいことを飲み込んでしまうケースが多い。しかしこのときばかりは、私の自制心が引き止める 間もなく、私の口は思ったままに叫んでしまっていた。
「…はぁ!?」
 べたべたな少女漫画のような展開。しかしそれが自分の身に降りかかったとあっては、 まったく笑えない。
「あらあら。目が落っこちてしまいそう」
 至近距離からロゼリアラさんに顔をのぞきこまれて、のけぞる。
 そんな私を見て、何がおかしいのかロゼリアラさんはまたもくすくすと笑った。
「一人を選んで結婚するの。そして、あなたに選ばれた王子が次の王となる」
 いきなり異世界に連れてこられた挙句に初対面の男と結婚しろ、王を選べ、などと無理難題を 吹っかけられる。ますますもって不合理だ。
「国を治めるには、広い視野を持つことが必要よ。様々な角度から物事を考えなければならないの。 けれどそれは、決して容易なことではないわ。成長する過程で接してきた環境や、常識が、どうしても 思考を偏らせてしまうから」
 その理屈ならば私にもわかる。一般庶民には金持ちのやることは理解できないし、金持ちは一般庶民の 気持ちなどわからない。更にそこに、王や何やといった身分が絡んでしまっては、ますますお互いに 歩み寄るのは難しいだろう。
「だからファランディーアでは、王を支え、共に国を支える伴侶を異世界から召喚することにしているの。 この国では当たり前の、けれどもしかしたら間違っているのかもしれない、そんな考え方を正してもらう ために」
 一見すると、ロゼリアラさんは正論を述べているように見える。
 しかし、いくらなんでも、異世界から人間を連れてくるというのは飛躍しすぎではないだろうか。 人が眠っている間に勝手に召喚とやらをして。これでは、誘拐犯とやっていることが同じだ。
「………元の場所に、戻して下さい」
 感情のままに怒鳴り散らしたいのをぐっと堪え、下手に出てお願いする。
「お願いします」
「駄目よ」
 しかし私のお願いは、あっけなく切って捨てられた。
「駄目って言うより、無理なの」
 悪びれる気持ちの欠片もない態度で、ロゼリアラさんがひょいと肩をすくめる。
「異世界から人を召喚するのって、とても大変なことなの。誰でもできることじゃあないし、 色々と条件だってあるのよ。私のような天才が、入念に準備をして、やっと可能になることなの。 昨日マナカをこちらに喚ぶのに、準備していたものを全部使ってしまったから、今は無理」
「そんなっ…!」
「落ち着きなさい。『今は』って、言ったでしょう?」
 激昂しかけた私の鼻先に、ロゼリアラさんの人差し指がぴっと突きつけられる。
「数日あれば、またあちらに戻すことができるわ。それで問題ないでしょう?」
 ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らす。この人はなぜ、こんなにも自信満々でいられるのだろうか。 その場違いなまでの自信を少しうらやましいと感じてしまう自分を叱咤して、私にできる精一杯の強さの 視線でもって、目の前のブルーアイをにらみつけた。
「どうして問題ないなんて言えるんですか?勝手に人を連れてきて…私には、仕事だってあるんです」
「仕事なら問題ないじゃない」
「だからどうして、そんなことを!?」
「だって、ニホンは今日からゴールデンウィークでしょう?」
「………」
 異国の顔立ちの金髪美人の口から、さらりと発せられた『ゴールデンウィーク』という単語に私は 唖然とした。
「ちゃんと調べてあるんだから。だから、今このタイミングで、あなたを喚んだのよ。今日を含めて あと五日、休みが終わるまでに戻れればいいんでしょう?」
 この人には何を言っても無駄だ。
 突然、神の啓示を受けたかのように、私は悟った。
 この人はあらゆる外堀を埋めた上で行動している。きっと予定外のことが起こっても、舌先三寸で 切り抜けてしまうタイプだろう。さっき自称していた『天才』という呼称は伊達ではなかったのだ。 そうだとすれば、これ以上何を言ったとしても、それがこの人の考えと相容れないものである限り、 私の希望が叶うことはないのだ。
 三人の王子たちがロゼリアラさんに言い負かされている私に同情的なまなざしを向けているのを見て、 頭の中で何かがはじけた。
 私がこんなとんでもな事態に巻き込まれることになった原因そのものであるくせに、今更何を 憐れんでいるのか。というか、憐れに思うくらいなら助け船の一つでも出してみろ。そう言って やりたいが、そんなことをしたら、またロゼリアラさんが割り込んできそうな予感がしたため、 ぐっと言葉を飲み込んだ。その代わりにぽつりとつぶやく。
「………出て行って。一人に、して下さい」
 せめて、それくらいは聞いて欲しかった。
 初めに動いたのはレオンさんだった。ロゼリアラさんに目配せし、隣のフェルローさんの肩を叩いて 部屋から出て行く。長い前髪をかきあげたフェルローさんがレオンさんに続き、更にその後を追って ロゼリアラさんが退出する。
「………」
 最後まで残ったクライスさんがただ黙って私を見つめる。そして軽く頭を下げると、 後は振り返ることなく扉の向こうへと消えていった。






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