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 日野真奈佳。二十四歳。独り暮らし。昼間は中堅企業の事務員として働き、終業と同時にまっすぐ家に 帰る日々。顔を合わせれば挨拶したり、世間話をする程度の知人はいるが、アフターファイブや休日に わざわざどこか遊びに行ったりするような友人はいない。軽い、引きこもり状態。
 このままでいいのだろうかと疑問に思うときもあるが、何か行動を起こすほど現状に不満を感じている わけでもなく。何よりも、面倒だった。変わろうとすることも、今の独り気ままな生活を失ってしまう ことも。
 昨日と変わらない今日があったように、今日と変わらない明日が続いていくのだろうと漠然と考えて いた私を待ち受けていたのは、開いた口がふさがらなくなるくらいにファンタジックな現実だった。



 鳥のさえずりが、やけに近くに聞こえる。それも耳に馴染んだちゅんちゅん、というやつではなく、 都会っ子の私にはなんの鳥なのか判別がつかないような、鋭い声。
「ん………」
 今何時か時計を見ようと薄目を開けて、私は自分の目を疑った。
 見覚えのない部屋。見覚えのないベッド。天蓋付きだなんて、一体何の冗談だ。
 頭の中をこれまでになくフル回転させて、私は必死で昨日の夜を思い出そうとしていた。いつもの通り さっさと仕事を終わらせて、家に帰って作り置きのカレーライスで夕食を済ませ、シャワーを浴びて、 布団の上に寝転がりながら本を読んでいたはずだ。そこで記憶が途切れているのは、おそらく本を 読みながら眠ってしまったからだろう。よくあることだ。高校生の頃から着続けている洗いさらしの Tシャツも昨日のまま。
 いくら考えても、なぜ自分がホテルのスイートルームのような豪華な部屋の、大人が二、三人は余裕で 横に並べそうなくらい大きなベッドに寝ているのか、まったくもって思い当たらなかった。
「………」
 落ちかかってきた髪の毛をくしゃりとかき混ぜて、私はもぞもぞとベッドから抜け出した。毛足の長い絨毯を踏みしめながら 窓際に移動し、薄絹のカーテンの隙間から外を覗き見る。
「何これ…」
 色とりどりの緑色が広がる。芝生に、生垣に、その向こう側に広がる果ての見えない深い森。
 明らかに自宅の窓から見える風景ではなかった。むしろ、ここが本当に東京なのか怪しくなってくる。 それどころか下手をしたら日本国内ですらないような気さえしてきた。
 くらりと眩暈を感じた私は、とりあえず目の前の現実から逃避するべく窓に背を向けた。
 一体何がどうなってしまったのか。知るのが怖い一方で、少しでも現状を把握しなければと焦る自分が いる。ひどく落ち着かない気分で広い室内を横切り、重々しい存在感を放つ扉の前に立った。
 意を決して、そっと扉を押し開ける。キィ、ときしんだ音をたてて開いた隙間から頭だけを出して左右を 見回してみる。右、左、もう一度右。そして私は、深く深くため息をついた。どちらを向いても、 どこまでも無人の廊下が伸びている。
 この部屋から出て、どこかに移動するべきだろうか。しかしどこへ行けばいいのかまったくわからない。 そもそも勝手に出歩いていいものなのだろうか。そんなことをして、誰かに見咎められてしまったら、 どうすればいいのか。
 そんなことをぐるぐると考えながら、部屋の中をうろうろする。行ったり来たりと、何往復目かを 終えた時。
 突然、前触れもなく、ノックの音一つせずに、この部屋と廊下とを隔てていた扉が開いた。
「おっ、起きたか」
 顔を出したのは、見知らぬ男だった。
「そこをどいてくれるかな、レオン。後ろがつかえているんだ」
「…失礼します」
 一人目の男の後に続いて二人目、三人目が部屋に入ってくる。
 ずらりと三人の男たちが並ぶ。その光景に、私は思わず一歩後ずさった。
 一言で表すと、男たちは外国人だった。日本人が脱色して作ったものとは違う、本物のブロンド。 宝石のようなブルーの瞳。そしてもう一言だけ付け加えさせてもらうならば、男たちは三人ともに 美形だった。
「少しぼうっとしているな。大丈夫か?」
 立ち尽くす私を一人目が見下ろす。言葉の通り心配してくれているのだろうが、男の整った顔立ちと 長身とに気圧されて、私のかかとがじりっと後ずさる。
 無意識に逃げようとする私を、横から伸びてきた腕がひょいと捕まえた。
「熱はないようだね」
 ひやりと冷たい手のひらを気持ちがいいと感じたのはほんの一瞬だけで。見ず知らずの美形男子に額に 触れられて熱を測られるという不測の事態に遭遇した私は、全身からぶわっと変な汗が出るのを感じた。 手を放して欲しいが、感情のままに振り払ってしまうのもためらわれた。そんなことをしてもし万が一、 逆ギレでもされたら怖過ぎる。
「こらこら、フェルロー。いきなり触るのはよくないぞ。驚いているだろう」
 一人目に諌められて、二人目は私に触れていた手を放すとひょいと肩をすくめた。
 ほっと息を吐く暇もなく、今度は一人目が私の左手を取り、そのまま口元へと持っていった。 手の甲に、何か柔らかいものが触れる感触。
「すまなかった」
 真摯な眼差しで見つめられて、頭の中の回路が完全にぶっ飛ぶ。完全なるパニック状態。目まぐるしく 色々なことが頭をよぎって、しかし何一つ形にならないまま消えていく。
「…レオン。人にどうこう言っておいて、自分のそれは一体何なんだい」
「何って…謝罪しているんだ。弟の非礼を侘びるのは兄の務めだからな」
「俺には、あなたの行動の方が問題があるように見えるんですがね」
 どちらも同じくらい、充分に問題だ。
 しかしそんなことを口に出す余裕も度胸もない私は、ただ呆然と二人を見上げた。
「……あの、二人とも。落ち着いて、とりあえず座りませんか?」
 間に挟まれた私を無視していつまでも続くかと思われた二人のやり取りを遮ったのは、ずっと黙って 控えていた三人目だった。
「彼女も混乱しているようですし…」
「クライスの言う通りね。レオン。フェルロー。二人とも、嬉しくてはしゃぐ気持ちはわかるけれど、 ひとまず落ち着きなさい」
 三人目の後ろからまた一人、新しい人物が登場する。
 金髪碧眼の女性。
 そして、例によって、美形。



 夢なら早くさめて欲しかった。






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