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 たいていの童話はご都合主義なハッピーエンドを迎えるものと相場が決まっている。
 そんなの有り得ないだろ、なんてつっこみを入れたくなるときもあるけれど。
 やっぱり物語は、ハッピーエンドの方がいい。



 こうしてロゼリアラさんと対面するのも、随分と久しぶりのような気がする。相も変わらず自信が溢れ出てきそうな堂々とした態度。 婉然と微笑みソファに腰掛ける姿はまるで、玉座につく女王様のように私には見えた。
「元気そうね?」
「お、おかげさまで…?」
 社交辞令で返すも、若干イントネーションが疑問形になってしまった。見え隠れする微妙なニュアンスに、 ロゼリアラさんが笑みを深くする。
「マナカ。早速だけれど、本題に入らせてもらえるかしら?」
 裏に何か恐ろしいものが隠されていそうなロゼリアラさんの笑顔に戦慄しながら、私はぶんぶんと音が出そうな勢いで 首を縦に振った。
「それじゃあ、あなたの答えを聞かせて頂戴。夫として、王として、あなたが誰を選ぶのか」
 瞬間、空気が緊張をはらむ。
 大きく一つ深呼吸をして居住まいを正す。ぴんと背筋を伸ばして、まっすぐにロゼリアラさんを見た。
「選べません」
 レオンさんを見て、フェルローさんを見て、クライスさんを見て。最後にまた、ロゼリアラさんに視線を戻す。
「私には選べません。結婚する相手も、誰を王様にするかも、このまま、この世界に留まることも。私は、家に帰りたいです。 今日まで待てば帰れるってわかっていたから、この数日間を楽しむことができたんです」
「…それは、役目を辞退したいということ?」
 ロゼリアラさんの表情は変わらない。微笑んだそのままの顔をして、何を考えているのかまったく読むことができない。
 思わず申し訳ございませんでしたと謝り倒したくなる自分自身をなんとか奮い立たせて、私は用意しておいた、 次の言葉を口にする。
「お友達からお願いします…っていうのは、駄目ですか?」
 昨日の夜から考えて考えて、出した結論がこれだった。
 帰りたい。でも、もう会うことができないのは寂しい。例えば週末とか、休みの日にはまた遊びに行ったり、 話をしたりすることはできないのだろうか。どっちも選ばずどっちも手に入れる。わがままだとは自分でも思う。 だけど、そもそも今後の人生を左右する重大な決断を、たかが数日で即決しろという方が無茶というものではないだろうか。
 馬鹿なことを言うんじゃないと怒られるだろうか。心臓が口から出そうなくらい、胸がどきどきする。ロゼリアラさんの唇が ゆっくりと動き、そして。
「わかったわ」
「え………?」
 呆気なく言い放たれた一言に、逆に唖然としてしまう。
 一方でロゼリアラさんは、なんだかやけに上機嫌な様子で。
「聞こえなかった?わかった、って言ったのよ」
「え、だって……いいんですか?」
「もとより、今回の召喚ですべて決断させようなんて考えていないもの」
 当たり前のことのようにロゼリアラさんは言うが、私にとっては完全に初耳だ。
「何を選ぶか。その選択肢の一つに加えることができればよかったのよ。ファランディーアとのつながりを作ること。 それが、今回あなたを召喚した目的だもの」
「じゃあどうして、みんなあんなこと…」
「あんなこと、というのが何を示すのか、詳しくは知らないけれど」
 にっこりと。ロゼリアラさんは、それはそれは嬉しそうに笑って。
「この国と、別れがたくなったでしょう?」
「………」
 なんだろう。ものすごい敗北感。
 思わず私が拳を握り固めたのを見て、もう堪えきれないという風にロゼリアラさんが笑い声をあげた。
「さぁて、それじゃあ返還術を始めようかしら。準備は万端?一時の別れを、心ゆくまで惜しみたい人はいないのかしら?」
 ふと、クライスさんと目が合った。
 目が合うということは、クライスさんが私をのこと見ていたということで。そして何より、私が、クライスさんのことを 見ていたということに他ならない訳で。
「………っ!?」
 意識した瞬間、一気に頭が沸騰した。
 激しく動揺する私のもとにクライスさんが歩いてくる。
「マナカさん」
「っ、は、はい!」
「手を、出してくれますか?」
 言われるままに差し出した手のひらに、クライスさんが何かを握らせる。見上げる私に、促すように頷いた。
「これって…」
 それは指輪だった。銀色のリングに、爪の先くらいの赤い石が一粒。シンプルだが、よく見るとあちことに繊細な細工が 施されていて、安っぽい感じはまったくない。むしろすごく高価なものなんじゃないかと思えるような代物で。
 そんなものを、男の人から手渡されてしまっている今の状況というのは。
「…っ、あのクライスさん…!?」
「はめなくてもいいですから。だから……ただ、マナカさんに持っていて欲しいんです」
 咄嗟につき返そうとした指輪ごと、ぎゅっと手を握りこまれる。
「それ、カルカヴィラのアミュレットかい?」
 横から割り込むように顔を出したフェルローさんが耳慣れない言葉を口にする。
 思わず疑問符を浮かべた私に、クライスさんが口を開くより先にその後ろからレオンさんが答えてくれる。
「簡単に言えば、お守りのことだ。災いを退け、持ち主を守ると言われている」
「アミュレット自体はたいして珍しいものではないんだけどね。カルカヴィラの街で作られるものは元々の流通量が少ない上に、 よく効くって噂のおかげで、ほとんど争奪戦みたいな状態になっているんだよ」
「よく手に入ったな、クライス」
 レオンさんが感心したように唸り声をあげる。
 ただ高そうというだけでなく、一国の王子をしても入手困難と思わせる。今、私の手の中にある指輪がそんな貴重なものだと 知ってしまうと、なおさらに。
「折角ですけど…私、受け取れません。もらう理由がないです」
 私はファランディーアの王妃になる訳でもクライスさんを王に選んだ訳でもなく、ただ、お友達からお願いしただけの人間だ。 友達から、そんな高価なプレゼントをもらう理由はどこにもない。
「遠く離れた場所にいる、大切な人の幸運祈りたいというのは理由にはなりませんか?本当は、俺がずっと傍にいられれば いいんですが…。せめてこのアミュレットが、マナカさんを守るように。お願いします」
 こんな風にお願いまでされてしまっては、固辞する私の方がまるで融通のきかない頑固者のようだ。
 それに実のところ、クライスさんの言葉は、少し嬉しかった。
 こんな心配をしてもらうのなんて、実家を出て独り暮らしを始めたときに親にやいのやいの言われた以来ではないだろうか。
「…わかりました」
 ぺこりと、私は頭を下げた。
「ありがとうございます。大切にします」
 恭しく両手で指輪を受け取る。
 そんな私の耳元に顔を寄せるようにわずかに屈んで、クライスさんは、周りが聞き取れないくらいの小さな声で囁いた。
「指輪を受け取って欲しかったのには、本当は、もう一つ理由があるんです」
「………?」
「それがあれば、マナカさんは俺のことを忘れないでしょう?」
「…っ!?」
 思わず声を上げようとする私を人差し指を立てるジェスチャーで制して、クライスさんは笑った。
「元の世界に帰って、全部夢だったと思われてしまったら、寂しいですから」
 そんな台詞をさらりと口にしながら、それでもクライスさんの笑う顔には、私をからかってやろうとか、 そういった類の思惑はないように見える。おそらくクライスさんに悪意はない。純粋に、ただ思ったことを言っただけなのだろうが。
 逆に、性質が悪い。
 こんな顔をされてしまっては突っぱねることもできない。
 私にできるのは、為す術もなく赤面することだけだ。
「おや、どうしたんだいマナカ?顔が真っ赤だ。クライスに何かされたのかい?」
 こちらは正真正銘、おもしろがるいじめっ子の顔をしたフェルローさんが私の顔を覗き込んでくる。
「こらフェルロー。お前がそれを言うのか」
「…何も。俺はやましいことはしていないです」
 レオンさんがフェルローさんを引きはがそうとし、クライスさんはそっと反論をする。
 たった数日間、一緒にいただけなのに。そんな光景をいつものことだ、なんて思ってしまう自分自身が、 なんだかとてもおかしかった。



「始めるわよ」
 私が頷くと、ロゼリアラさんはほんの少し、表情を引き締めた。
 いわゆる呪文というやつなんだろう。音階を伴った、不思議な言葉の羅列が紡ぎ出されていく。高らかに歌い上げるロゼリアラさんが 懐から手のひらに収まるほどの小瓶を取り出し、その中に入っていた何かを空中に振りまいた瞬間。
 私の周囲が、淡く白く輝き始めた。
 光は足元から広がっていき、やがて私の体をやわらかく包み込んで。
「マナカ。そちらが休みのときには、また喚んであげるわ」
 手を伸ばせばすぐ届きそうな距離にいたはずの、ロゼリアラさんの声が遠い。
「だからあなた、もう少し色気のある寝間着で寝なさい」
「今度からは寝ている間に勝手に召喚するのは勘弁して下さい!」
 向こう側に届くように、思い切って叫んで返す。
「私、正直言って初めはなんて無茶苦茶で理不尽なことをする人たちなんだろうって思ってましたけど、でも…会えてよかったです。 楽しかった!」
 ほんの少しだけれど。この世界に喚ばれて、みんなと出会って、私の中で何かが変わったような気がする。少なくとも、 重い腰をあげようかなと思うきっかけにはなった。
「ありがとうございます…っ!」
 前も後ろも真っ白で、もう誰の姿も見えない。
 私の言葉はちゃんと届いただろうか。
 聞こえなかったと言われたってこんなこと、恥ずかしくてもう二度と口に出せやしないのに。
 そんなことを考えた、その時。



「また今度」



 顔を見なくたって、声の持ち主なんてすぐにわかる。
 私はその言葉に大きく頷いた。
 光は収束し、少しずつ、薄くなって消えていき、そして。
 目に馴染んだ、淡いベージュの壁紙。狭い部屋の中にベッドや、箪笥や、机や、テレビなんかが器用に収まっている。 カチ、カチ、とアナログ時計の秒針が時を刻む音がやけに大きく聞こえた。
 あまりに見慣れた日常の風景に、軽く眩暈がする。まるで長い長い夢から、ようやく目が覚めたかのような。
 だけど私は、今までの出来事が夢なんかじゃないことを知っている。三冊の絵本が、金細工の髪飾りが、そして赤い石の指輪が、 彼らは確かに存在していたのだということを証明している。
 私はベッドにどさりと座ると、そのすぐ傍らで充電器にささりっぱなしになっている携帯電話を手に取った。 液晶画面に表示された日付は、向こうの世界で私が過ごしたのと同じだけの時間を経ている。何日も放置していたにも関わらず、 電話もメールも着信はゼロだ。
「まぁ、いつものことだけどね」
 ついつぶやいてしまう独りごともいつものこと。
 絵に描いたような、なんとも見事な自業自得だ。おかしくて笑いがこみあげてきた。
「あー…笑いすぎて死にそう」
 ひとしきり笑ってから、目尻ににじんだ涙をぬぐって。
 そして私はメール画面を開くと、新規作成のボタンを押した。



 さて、このバカンスの思い出を、誰に報告するとしようか。






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