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 石が敷き詰められ、舗装された大通り。通りの両側には様々な店が軒を連ねていて賑やかだ。行き交う人々の間を、 荷を積んだ馬車が通り抜けていく。そんな、見慣れた風景。
「いらっしゃいませ!」
 威勢のいい挨拶で迎えられて、一瞬焦る。しかしどうやらそれは俺に向けられたものではなかったようで、 笑顔の店員は俺のすぐ横を通り過ぎていった男をテーブルに案内していった。
 ふらりと一歩足を踏み出した瞬間、今度は厨房へと移動する。大きな鍋をかきまぜる、見覚えのある背中。
「親父…?」
 俺のつぶやきが聞こえたかのように男が振り返る。
 そして。



「…っ!?」
 白い天井。カーテン越しに差し込む陽光が、俺が今どこにいるのかを教えてくれる。
「夢、か…」
 リアルな夢だった。町並みも、人々の表情も、すべて現実のもののような。それどころか、食欲をそそる食べ物の匂いまでもが はっきりと感じられて。いつのまに元の世界に戻ったのかと思ってしまうくらいに、俺の知る日常があった。
「ホームシックとか言うなよ、俺」
 流石にそれは勘弁してくれと自分につっこむ。
 それとも、意味があるのだろうか。このタイミングで、あんな夢を見たことに。
「なにかの啓示とか?」
 考えるが、わからない。
「………まぁ、いいか」
 わからないことを考え続けてもどつぼにはまるだけだ。完全に無意識の時の方が、意外と答えが浮かんできたりする。
 そう結論付けると、俺はまだ半分眠ったままの体を覚醒させるべく、ソファの上で思い切りのびをした。



「おはよう」
「おはよう、ジャン。早いのね」
「ああ、ちょっと目が覚めてな。何か飲むか?」
「うん。ありがと」
 他人の家だが、飲食物の位置関係はこの数日でだいたい把握している。俺はキッチンに入ると、梓と二人分紅茶を淹れた。 大きめのグラスにたっぷりと氷を入れて、アイスティーにする。
「ジャンって、料理だけじゃなくてお茶淹れるのも上手いよね」
「そうか?………普通だろ」
 俺の実家は食堂であって、紅茶など飲み物をメインに提供する店ではない。特にこだわって淹れた訳ではないのだが。
「そんなことないよ。すごく美味しい」
「それは…どうも」
 照れくさいが、せっかくの褒め言葉なのでありがたく頂戴することにする。
「ねぇ、ジャン」
 俺を呼んで、梓がテーブルにことん、とグラスを置く。
「ありがとね」
「なんだ…そんなに美味かったのか、紅茶」
「それはそうなんだけど、そうじゃなくて。…昨日のこと。話を聞いてくれて、ありがと」
 そう言って梓は微笑んだが、わざわざ礼を言われるようなことを俺はしていない。本当にただ、話を聞いていただけだ。
 しかし梓は小さく首を振って。
「嬉しかったから。真剣に話を聞いてくれて、その後も、今までと変わらないでくれて。だから、ありがとうなの」
 同情されたり、腫れものに触れるようにされたり、好奇の目で見られたり。そうやって一線を引くのではなく、 すべて含めて梓として、受け止めてくれた。そのことが嬉しいのだと言う。
「それなら、俺の方がありがとうだ。昨日、梓に悩んでいいんだって言われて、すごく救われた」
 お互いが、お互いに向かって礼を言う。そんな状況がおかしくなって、二人同時に吹き出した。
「俺さ、元の世界に戻ったらもう一度、一級術士を目指そうと思う」
 うまくいかない駄目な自分が嫌で逃げた。あちこち言い訳を探して、自分が逃げたのだという事実からも逃げ出した。 そんな情けない俺をしかし、梓は肯定してくれた。
「うまくいくかわからないけど、やっぱり、一級術士は俺の夢だから。親とも、ちゃんと話してみる」
 梓のおかげでその勇気が出た。
「うん、頑張れ。ジャンならきっとできるよ。応援する」
 今だって梓は、こうして俺の背中を押してくれるのだ。
「なんか、お礼しないとな。梓には世話になりっぱなしだ」
「いいよそんなの。私だって、ジャンに話聞いてもらったりしてるし」
「いや。俺が何かしたいんだ、梓に」
 食い下がる俺に、梓がふと口をつぐんだ。何か思案するように、わずかに目を伏せる。
「………何でも、いいの?」
「ああ、俺にできることなら」
「それじゃあ………私を、召喚して」
 瞬間、言われたことの意味がわからなかった。
「一級術士なら、召喚術を使う許可がもらえるって言ってたよね?なら術士になって、私をジャンの世界に連れて行って」
 ぴんと背筋を伸ばして、まっすぐな眼差しで俺を見る。
「冗談で言ってるんじゃないよ。帰る方法があるからって、旅行気分で言ってるんでもない。生半可な気持ちじゃないの」
「それなら尚更、どうしてそんなことを…?」
「自由になれるなら何でもするわ」
 ためらいのない言葉。梓の思いの強さが伝わってくるような気がする。
「元々、ね。ジャンを召喚したのは、少しでも現状を変えられないかって思ってだったの。こうやって好き勝手してたって、 あの人の支配から完全に抜け出すことはできない。いつかは好きでもない相手と結婚させられて、あの人のために利用されておしまい。 色々とやってはみたけど、私じゃあ、あの人の力に敵わないんだってわかっただけだった」
 一気にそこまでを言い切って、すっと呼吸を取る。そしてそのまま先を続けた。
「だから私が召喚術をやったの。神様とか、悪魔とか。奇跡に頼るくらいしか、もう手段がなかったから。そしたら、 ジャンが来てくれた」
「………ほんの数日前に会ったばかりの得体の知れない男に、そんなこと言っていいのか?そんな、 自分の人生を左右するようなこと…」
「得体が知れなくなんかない。だって、ジャンだもの。ジャンなら、大丈夫だって思うもの」
「………」
 全幅の信頼。俺が俺自身を信じる、それ以上に梓は俺を信じてくれているようで。
 振り払うことができない。
 けれど、梓に応えることもできない。
「…考えといて。私は、本気だから」
 席を立った梓をとっさに追いかけようとする。
 梓はそんな俺の動きを制するように振り向いて、笑った。今までの話などなかったかのような、普段通りの梓がそこにいた。
「そろそろ朝ご飯にしよう。今日はまた、早夜の家に集合だよ」
「あ、ああ…」
 浮かしかけた腰をすとんとソファに落として、俺はただ、梓に頷いて返した。



 紙面に散らばる文字たちの上を目が滑っていく。読んでも読んでも、少しも頭に入ってこない。他の三人に気づかれないよう、 こっそりと息を吐く。
「ジャン、疲れた?」
 こっそりと、したつもりだったのだが。梓に気づかれてしまった。
「そろそろ休憩しましょうか」
 そう言って手元の本をぱたりと閉じた早夜に、素直に従うことにする。疲れた訳ではないが、このまま続けていても 非生産的なだけだという自覚はある。
 それじゃあ部屋を変えようかと立ち上がったところで、突然梓がはい、と手を挙げた。
「私、読み終わった本を片付けてから行くね」
「片付けなんて後でいいんじゃないか?どうせまた戻ってくるんだし」
「でも気になるから。みんなは先に行ってて」
「だったら私も手伝うよ。一緒に片付けた方が早いもの」
「私一人で大丈夫。すぐ行くから、お茶の用意でもしててよ。いつもの部屋でいいんだよね?」
 梓に追い出されるようにして、部屋から出る。
「どうしたんだろう、梓ちゃん。なんだか様子が変だったけど」
 お茶の用意といっても自分たちで何かするわけではなく、部屋に置かれた電話で何か持ってきてくれるよう頼むと 早夜はソファに腰かけ、首を傾げた。
「一人になりたかったのか、俺たちを三人にしたかったのか…」
 将生のつぶやきに、ぎくりとする。
「………前者、かもしれない。もしかしたら」
「心当たりがあるのか?」
 問いかけられて、曖昧に頷く。
 俺も確信があるわけではないが、梓が昨日までと違う態度をとる、その理由は一つしか考えられなかった。
「昨日、梓の話を聞いた」
「梓の…って、家のこととか?」
「梓ちゃんが、ジャンさんに話したの?」
 二人に左右から質問される。今度ははっきりと、それに頷いた。
「両親のことも、今の家のことも全部聞いた。それで………俺の世界に、連れて行ってくれって。そう言われた」
「………」
「………そっか」
 しばしの沈黙の後、ぽつりと早夜が、頷いた。
「梓ちゃん、見つけたんだね。自分の進む道を」
「それでいいのか、あんたたちは?」
 思わず身を乗り出して、向かい合わせに座る早夜に詰め寄った。
「確かに召喚術は返還術とセットで行われる。けど召喚術をするのに許可がいるのと同じで、返還術にも許可がいるんだ。 本人が帰りたいと言っても、国の判断でそれが許されないこともある。もしそうなったら、二度と梓に会えないんだぞ?」
 言いながら途中で気が付いてしまった。
 俺は二人に、反対して欲しいのだ。
 自分ではどちらの選択肢も選ぶことができずに。早夜が、将生が、反対したから駄目なのだと。選択の責任を、 押しつけようとしている。
「いいの、それでも」
 俺の内心など知ってか知らずか、早夜は一瞬うつむいて、それからすぐに顔を上げると、笑った。
「幸せじゃない梓ちゃんの傍にずっといるより、二度と会えなくても、梓ちゃんが幸せでいるんだって思える方がいい。 私は、梓ちゃんの友達だから」
 きっぱりと言い切った早夜の頭に、将生がぽんと手を乗せる。
「いつまでも友達同士、仲良しでつるんでる訳にもいかないしな。梓だけじゃない。俺だって、早夜だって、 いつか一番大切なものに出会うときがくる。そんなときに、全力で応援してやるのが友達ってものだと俺は思う」
 ぐしゃぐしゃっとかき回すようにして、将生は早夜の頭を撫でた。
「まぁ最初は、ちょっと寂しいだろうけどな」
 そして将生も笑うのだ。
「最終的にはジャンの判断だから、強制はしないしそもそもできない。でも俺は…」
「私たち、は。梓ちゃんの願いを叶えてあげてほしいです」
 未だ覚悟が決まっていないのは、どうやら俺一人のようだった。



 それからまた、日が傾く頃まで俺たちは返還術の手かがり探しを続けたが、結局最後までそれに集中することはできなかった。






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