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 学舎の敷地は広かった。その中をぞろぞろと連れ立って、人目を気にしながら歩いていく。大きな門の脇にある通用門らしき 小さな門を通り抜けて外に出て、二番目の分かれ道で早夜と将生と別れた。そこから、梓と二人きりになる。
 はっきり言って、気まずい。
 初対面の女と二人きり、しかもつい先ほど、お互いの年齢について悲しい誤解があった相手だ。
 自分がされて嫌なことを、思い切りやってしまった相手。
 詫びを入れるタイミングを逸したせいで、輪をかけて気まずくなってしまった。
「………早夜か、将生のところの方がよかった?」
 そんなことを考えていたせいで、唐突な、つぶやくようなその問いかけに咄嗟に反応することができなかった。
「うちに連れていく、なんて勝手に決めちゃって。ジャンの意見、全然聞いてなかったなと思って」
 男子平均より背の低い俺よりも更に下から、黒色の双眸が見上げてくる。まっすぐなその視線が俺と目が合った瞬間 ふっとそらされて、動揺する。
「い、いや…あんたのところが、一番都合がいいんだろ?なら俺に異論はない」
「そっか。ならよかった」
 うんと頷き、微かに目を細める。
「あんたこそ、よかったのか?初対面の男を家に上げたりして。危ないとか考えなかったのか?」
「何か危ないこと考えてるの?」
 質問に質問で返されて、一瞬つまる。
「………何もしない。危ないことなんて考えてない」
「じゃあ問題なし」
 ふふっと梓が笑う。
 その笑顔を、なんて楽観的なと断ずることは簡単だ。しかし、俺はその簡単なことができなかった。俺が質問した意味など すべて最初からわかっていて、その上で笑っている。なぜかそんな気がした。
 それ以上の会話が続くこともなくそのまま、十分ほど歩いただろうか。大きな建物が建ち並ぶ中で、ひときわ大きく立派な一軒に、 梓は迷わず入っていった。
「ここに住んでるのか?」
「うん、そうだよ」
 透明な扉が勝手に横にスライドし、開いたのに内心驚きつつ、梓の後ろについていく。二つ目の扉のすぐ脇にあるパネルの上の数字を 何回か押すと、やはり扉はひとりでに動き、道を譲った。
「自動ドアが不思議?」
 まじまじと扉を見ていたのに気が付いたのか、梓が微かに笑って俺を見上げた。
「自動ドア…何か、術が施されているのか?」
「うーん、術っていうか、科学?自然法則の力を利用した機械……みたいな。詳しい仕組みは私にもよくわからないけど、 目の前に人が立つと自動で開くの。あとは、暗証番号を入力すると開くとか」
 こちらの世界には術の概念がない代わりに、科学という学問がかなり発達しているらしい。便利な機械や道具そのものの存在よりも、 それが一般市民にまで広く浸透していることに驚く。術を施した道具は俺の世界にもあるが、たいていは高価でとても手が届かない ようなものばかりだ。頭の上で当たり前のように煌々と輝いている明かりだって、中小規模の町や村での普及率は決して高くない。
「豊かなんだな」
「そうなんだろうね、多分。ずっとこの中で生きてきたから、あんまり実感はないんだけど」
 エレベーターという機械に乗って七階まで上がり、一番奥の部屋の扉を今度は鍵を使って開ける。
「どうぞ、いらっしゃいませ。あ、靴はそこで脱いでね」
 招き入れられたその部屋は建物の外装と同様、広くて立派なものだった。
「ここに住んでるのか?」
 ついさっき、まったく同じ質問をしたような気がする。
「うん、そうだよ」
「…一人で?」
 やはりまったく同じ答えを返す梓に、もう一つ問いかける。
 単純に国土面積だとか、建築文化だとか、そういったものの差なのかもしれないが、それにしてもこの部屋は広すぎるように思えた。 もし自分がこの部屋の主だったらと考える。きっと俺では、すぐに持て余してしまうだろう。それにこんな広い部屋、 どうやって掃除すればいいんだ。
「掃除とか、料理とかはハウスキーパーさんがやってくれるから。だから本当は、完全な一人暮らしかって言われるとちょっと 違うんだけどね」
「………あんた、実はかなりのお嬢様なのか?」
「父親はお金持ちみたいよ」
「みたいって…そんな、他人事みたいな」
「…うん、そうだね」
 こんな言い方をしたらおかしいよね、と梓が笑う。笑っている、そのはずなのに、笑顔でない。そんな奇妙な感覚に襲われる。
 しかしその表情は一瞬で消え去り、梓はくるりと俺に背を向けた。
「こっちが寝室。私はリビングで寝るから、ベッドはジャンが使っていいよ」
 梓の変化に戸惑いつつ、とりあえず俺は聞き捨てならない台詞の方に突っ込みを入れた。
「俺がリビングで寝る」
「お客さんなんだから、遠慮しないでいいのに」
「他人のベッドを占領する方が気を遣う。むしろ頼むから、リビングの方を貸してくれ」
 部屋の主を差し置いて、ベッドでぬくぬくできるほど俺の神経は図太くない。しかもそれが、女相手なら尚更だ。
「そこまで言うなら別にいいけど…やっぱりベッドの方がいいって思ったら、言ってね?」
 小首を傾げて見上げる梓に頷いてみせる。やっぱりベッドと換えてくれなんて、たとえ思ったとしても男の沽券にかけて絶対に 言うことはできないのだが。
 トイレや風呂場など、部屋を一通り案内すると、適当に座っててと言い置いて梓はキッチンの方へと消えていった。少しして、 グラスを二つトレーに乗せて戻ってくる。
「どうぞ」
「どうも」
 氷が入った冷たい紅茶をありがたく頂いていると、同じくグラスを手にした梓がじっと視線を送ってきた。
「…何だ?」
「ジャンのこと、知りたいなって思って」
「は…?」
 本当に、この梓という女は突然だ。
「ジャンが住んでたところって、どんなところなの?やっぱり日本とは全然違う?」
 熱心な視線。それでいて、どこか一歩引いたような、一線を置いたような姿勢で。おそらく俺が話したくないと切って捨てれば、 それ以上食い下がることもなくこの会話は呆気なく終了するのだろう。何を考えているのか、まったくもって理解できない。
 しばしその視線を受け止めて、それから俺は短く息を吐いた。ため息に似ているがそうではない。単純に、話を始める前に一つ呼吸を 整えただけのことだ。
 別に隠すほど大層な身の上ではないし、話して減るような武勇伝もない。それなら世間話の一つや二つ、しても問題ないだろう。 深刻な顔をして押し黙っていれば帰る手段が見つかる訳でもあるまいし。
「そうだな…街並みは、だいぶ違うな」
 少なくとも俺の住んでいた町には、こんなにも背が高く、大きな建物はほとんどなかった。せいぜいが学舎や教会などの施設や城、 あとはよっぽどな金持ちの屋敷くらいだ。これでも王都住まいだったので、町の豊かさの差異というよりは、国や世界の文化による 違いだろうと思う。
 そんなようなことを、訊かれるままに話す。目を丸くしながら、いちいち俺の話に相槌を入れる梓との会話は思いのほか弾んだ。 こんなに長い時間、誰かと一対一で向かい合って話をしたのは随分と久しぶりだった。
「術って、魔術とか魔法とかそういうのだよね。それじゃあ、ジャンは魔法使いなんだ」
 魔法使いと言われると何か違うような気もするが、梓の認識では魔術も魔法も、すべてひとくくりに不思議な術のことを示している ようだったので、とりあえず曖昧に頷いてみせる。
 魔術研究同好会なんていうものの一員だからか、梓は俺の世界で一般的な学問、あるいは技術として普及している術の存在に かなりの勢いで食いついてきた。わずかに身を乗り出して、こぼれそうなほど大きな瞳が俺を見つめる。
「といっても、ただ勉強していただけで正式に術士やってるって訳じゃないんだけどな」
「でも勉強してたんだよね。ねぇねぇ、何かやってみせてよ」
「あー、そうだな…」
 中身が三分の一くらい残ったグラスを手に取り、詠唱句を唱える。これくらいの術なら術紋陣は必要ない。俺の構成した術式に 従って、理が変化する。
「凍ってる…」
 俺が手渡したグラスをひっくり返したりしながらためつずがめつして、すごーい、と梓がつぶやく。グラスの中の紅茶は、 術によって完全に凍りついていた。ものを凍らせる術式。俺の得意な術式だ。よく実家の食堂で、氷菓子を作るのに使っていた。 凍り具合の微調整だってお手のものだ。
「勉強したら、私にもできるかな?」
「どうだろうな…。まぁ、召喚術に成功したくらいだから、適性はあるんじゃないか?」
 本来、召喚術というものは手順を見よう見まねでやったところで成功するようなものではない。そんなに単純な術式ではないのだ。 俺がこうして召喚されてしまったことの方が例外だ。
 一瞬、胸にぴりりと痛みが走る。
 憧れて、夢見て、そしてあきらめた一級術士の道。召喚術という目標を梓は、遊び半分でやってのけた。
 多分これは嫉妬だろう。そして、八つ当たりだ。
 騎士になるのをあきらめたのは怪我が原因であり、そうせざるを得なかったからだ。しかし術士の認定試験に挑むのをやめたのは、 完全に自分自身の選択だった。経済的な問題だとか、見栄や外聞や、将来への不安など、色々な要因はあったがどれも決定的なもの ではない。あきらめないという選択肢も残っていた。けれど、あきらめた。そんな俺に、梓を非難する資格なんてないのだ。
「格好悪ぃ、俺…」
 梓には聞こえないような小声で自嘲する。
 ソファの背もたれに身を預けて、長くゆっくりと息を吐き出す。呼吸と一緒に、胸に凝った嫌な自分も出ていってしまえばいいのにと 本気で思った。






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