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 思えば人生、挫折の連続だった。
 子供の頃、一番初めに抱いた夢は立派な騎士になることだった。異世界から召喚され国を救った英雄に憧れて、 自分もあんな風になりたいと思った。
 訓練中に負った怪我が原因で騎士になる夢が断たれて、それならば英雄を喚ぶことができるような一級術士になろうと 学舎に入った。
 勉強して、勉強して、死ぬ気になって勉強したが認定試験の壁は厚く、三度落第。四度目を挑戦する余裕は金銭的にも精神的にもなく すごすごと実家に戻り、それからは家業である食堂の後継ぎとなるべく鍋を振るう日々が続き。
 そして今なぜか、まったく見覚えのない場所で、まったく見覚えのない人間に囲まれて、ぽかんと間抜け面をさらしている。
「…うそ、本当に何か出てきたよ」
 俺を取り囲んでいる三人のうち、ちょうど正面にいる一人が信じられない、というようにぽつりとこぼした。 その手に、古びた感じの書物があるのを見つける。そして俺の足元には、白く描かれた陣。その二つでぴんときた。
「召喚術…っ」
 だとするならば、この状況は。
「………」
 確かに異世界から現れた英雄に憧れた。
 あんな風になりたいと思った。
 だけど何も、異世界に召喚される、なんて部分だけ取り出して実現しなくてもいいじゃないか。
「やってらんねぇ…」



 ぎゅうぎゅうに詰め込んだきり閉めっぱなしにしていた記憶の引き出しを一つ一つ開けながら、 ところどころかすれた文字をなぞっていく。
「結界、請願、選定、授与…」
 詠唱句と術紋陣。若干回りくどい部分はあるが、俺が知るものと基本の構成は同じ。疑いようがなく、紛れもない、まさしくこれは、 召喚の術式だ。
「外人さんなのに、そんな難しい本が読めるんだ」
 すごーい、なんていう無責任極まりない発言は、さっきまで本を手にしていた少女が発したものだ。
「しかも日本語しゃべってるし。どこで習ったの?」
「…習ってない。日本語なんて知るか」
「知らないのに、しゃべれるの?」
「………」
 はぁあああ、とため息をつく。頭痛がしてきた。
「召喚された人間が言葉に困ることがないように、召喚者と同じレベルで言語変換できるよう詠唱句に組み込まれているんだ」
 本を少女の方に向けて、該当する部分の句を指差してみせる。
「それって、つまり、ええと………どういうこと?」
「………会話と読み書きは問題ないってことだ。召喚者はあんたなんだろう?なら、あんたと同程度にはしゃべれるし、 文字も読める」
「へぇー…」
 すごーい、とまたも責任感の欠片も感じられないコメント。
「…あんた、これがどんな術かまったくわからないで実践したのか?」
「召喚するための術、でしょ?知ってるよ。ここに書いてあるし」
 ぺらぺらぺら、と頁を前に戻して、章のタイトルの部分を指差してくる。
「そうじゃなくて、術式の仕組みとか、その効果とか…」
「………あはは」
 笑って誤魔化す。そんな感じの、わざとらしい笑い声。
 こんな適当な人間に召喚されて、五体満足でここにいられるだけ俺は運がよかったと考えるべきなんだろうか。いや、 これが幸運だなんて思いたくない。今後の俺の人生が見えてきてしまいそうだ。
「だって、召喚なんて本当にできると思ってなかったんだもん」
「遊び半分っていうか…むしろ、遊び九十九パーセントくらいのつもりだったしね」
「マジケン最後の活動日にこんなことが起こるなんて、奇跡的というか運命的というか…」
 少女の言い訳にもう一人が同調し、更にもう一人が加わって、よくわからない単語を口にする。 こちらの言葉に変換されているはずなのに意味がわからない。
「マジケン…?」
「魔術研究同好会、略してマジケン。活動内容は読んで字の如く。会員は俺たち三人だけ」
「来週には将生ちゃんが卒業しちゃうから、そしたらもうマジケンも解散なの。私と梓ちゃんの二人じゃ、 同好会成立の最低人数に足りないから」
 どうやら、俺の説明不足だったらしい。
 確かに俺は術式によって言語能力を与えられているが、すべての知識を共有している訳ではない。文化だとか、常識だとか、 そういったものに関しては完全に未知なのだ。言葉の一つ一つは理解できるが、その背景まではわからない。
「どうせならもっと融通きかせて、全部わかるようにしてくれればいいのに」
「そういう術式を構成することも理論的には可能らしいが、おそろしく複雑だぞ」
 その手の論文を読んだことがあるが、それはそれは複雑かつ難解な代物だった。ぱっと見ただけでも実用化には程遠く感じる。
 ともかく、俺の現状をいくらか理解してくれたのか、三人のうちで唯一の男がいろいろと教えてくれた。
 曰く、三人は同じ学舎で高等教育を受ける学生であるという。三人が三人とも同じような服装をしている理由がこれでわかった。 魔術研究同好会、略してマジケンを結成した三人は日々活動に勤しんでいたのだが、前述の理由により解散することとなり、 最後の記念としてたまたま家の倉庫で見つけた書物に書かれていた召喚術をやってみようじゃないか、ということになったそうだ。 そしてまんまと召喚されたのが、この俺。
 こんなことを言っても何の解決にもならないことは重々承知している。が、今はあえて、言わせて欲しい。
「本気でやってらんねぇ…」
 その場にしゃがみこんで頭を抱える。
 現状で既にやってらんねぇ事態だが、もっと恐ろしい可能性に気が付いてしまった。
「…なぁ、この本。返還術って書いてあったか?」
「ヘンカンジュツ?」
「異世界から召喚した人間を、元の世界に帰すための術だよ」
「………あった?早夜」
「…なかった、と思う…」
 案の定、だ。
「ねぇ、そのヘンカンジュツっていうのがないと、もしかして…」
 恐る恐るといった調子の声音が頭上から降ってくる。瀕死ぎりぎりの精神状態で、なんとか俺はそれに答えた。
「帰れない、ってことだ………」
 夢破れたばかりでなく、平穏な人生を送ることにまで、挫折した瞬間だった。



 流石に本気で落ち込んだ俺だったが、立ち直りは早かった。伊達に挫折ばかりの人生を送ってきた訳ではない。 気持ちの切り替えはお手のものだ。まったくもって、自慢できることではないが。
「私、そのヘンカンジュツっていうのを探してみるわ。他にもたくさん古い本があったから、その中にあるかもしれないし」
「俺も手伝うよ。あのでかい物置部屋を探すんじゃ、人手は多い方がいい」
 俺の心が回復して初めにやったことは、知らない者同士、自己紹介をすることだった。
 返還術探しを申し出たのが早夜で、それを手伝うと挙手したのが将生。
 そもそも召喚術を持ち込み、やってみようと提案したのが早夜だったらしい。諸悪の根源と言えなくもないが、 考えなしに召喚を行ったことに関して早夜は既に謝罪をしているし、俺もそれを受け入れた。起こってしまったことを いつまでも責めるより、これからどうするかを考えた方がはるかに建設的だ。
 ちなみに、魔術研究同好会唯一の男性会員である将生は早夜の従兄弟に当たるのだそうだ。
「それじゃあ私は、ジャンをうちに連れてくね」
 そして最後が梓。実際に、召喚の術式を行った召喚者だ。
「将生のコート貸してもらえる?変に人目を集めちゃったら嫌だし」
「あぁ、わかった」
 手渡された薄手のコートに袖を通す俺の顔をじっ、と見つめてくる視線。
「…何か?」
「ううん別に。見てただけ」
 なんとなく無礼、というのが、この短時間で俺が梓に抱いた感想だ。馴れ馴れしいと言い換えることもできるだろうか。 子供のくせに、やけに態度が大きい。
「うちまで少し歩くけど我慢してね」
「それはいいんだが…いきなり、家に押しかけたりして大丈夫なのか?」
 身一つでこの世界に召喚されて、当然ながら宿なしの俺はひとまず梓の家に世話になることがつい先ほど決まっていた。
「親には何て説明するんだ?」
「あぁ、それなら大丈夫。むしろ私のところが一番問題ないよ。うち、親いないから」
「…なんだって?」
「えーと、ちょっと語弊がある言い方だったかな。正確に言うと、一人暮らしなの、私。実家を出ているのよ。だから、 説明が必要な相手もいないって訳」
 本人はいたってあっけらかんとしているが、しかし。
「こっちじゃ、あんたみたいな子供が一人で暮らすのは普通のことなのか?」
 親がいない子供や事情があって家を出ている子供は俺の世界にもいるが、たいていは孤児院などの施設に入るか、 寮暮らしをするなど、いずれも保護者たるべき大人のいる環境で過ごしている。
「………何それ。私みたいな子供が、ってそれどういうこと?」
 詰問に似た厳しさをはらんだその質問こそ、俺にとってはどういうこと、だ。
「私のこと、何歳だと思っているのよ?」
「え…」
 絶対零度の冷気が吹き抜ける。
 虎の尾を踏んづけでもしたら、こんな空気になるだろうか。
「ええ、と………十二、三歳くらい…?」
 本当は、もう少し下だと思っていた。
「………」
「………」
「………十六歳、よ」
「なっ…!?」
 長い沈黙の末に与えられた答えは、あまりに衝撃的だった。
「嘘だろう?俺と五歳しか違わないじゃないか!?」
「えっ…?」
 思わず叫んだ俺に、今度は梓が目を見開く。
「五歳ってことは…二十一歳?」
 嘘でしょう、と小さなつぶやきが続く。
 梓だけではない。早夜も将生も、信じられないものを見る眼差しで俺を見ていた。
「………なんだよ、文句あるか」
 三人の言いたいことはよくわかっている。甚だ遺憾ながら、自覚はしているのだ。童顔、かつ背が低い。そのせいで、 実際よりも若く見られることしばしば。
「私と同じくらいかと思った…」
「わ、私も…」
「俺もだ。……今更だけど、敬語、使った方がいいか?」
「………いや、もういい」
 せっかく立ち直った心がなんだか、どっしりと疲れた気がした。






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