「カモン、我が同志たちよ!」
マイキーの号令に応じるように、どこからか大勢の人たちがわらわらわらっと現れた。皆一様に黒い衣装に身を包み、
口元だけ出る形の黒い覆面をかぶっている。ちなみに覆面の側頭部には、やはり黒のねずみ耳がぴょこんとついていた。
「雑談はここまでにして、そろそろ本題に入ろうではないか」
マイキーはいちにいさんし、とこちらの人数を数えると。
「四人か。ならライフポイントは二十でいいな」
よくわからないことを言った。
「いいだろう、受けて立つ」
私一人を置き去りに、事態は問答無用で進んでいく。
マイキーは懐から、そして山田太郎はブラの内側からそれぞれ巾着袋のようなものを取り出すと、おもむろにその中に手を
突っ込んだ。明らかに容量を無視して、肘くらいまで袋の中に手が入る。そして引き抜くと、一体どこに入っていたんだと
突っ込みを入れたくなるような大量の物品が姿を現した。
ソフトボール大くらいの、膨らんだ風船のようなものがばらばらっと地面に散らばる。そして、バットくらいの長さの棒と
大きなゴーグル。
「………これ、何に使うんですか?」
「戦うの、これで」
一番まともに話が通じそうなピンクに質問するも、余計に疑問符が増えるだけという残念な結果に終わった。
「これはライフポイントだ」
拾い集めた風船を腕一杯に抱えた山田太郎は私の側までやってくると、そのうちの一つを手に取り、私の肩あたりに近づけた。
すると静電気で風船がまとわりつくように、私の肩にぴたりとくっつく。
「ライフポイントを体にくっつけ、それを狙って、このひのきの棒で叩くのだ。うまくヒットすればライフポイントが割れて、
マイナス一となる。今回はライフポイント二十なので、先に二十個割った方の勝利だ」
しゃべりながら両肩、背中に両足と、どう見ても風船にしか見えないライフポイントをくっつけて、棒を手渡してくる。
反射的に受け取って、その思わぬ感触に驚いた。
柔らかい。
持ち手の部分はしっかりとした作りになっているが、それ以外はスポンジのような素材で覆われていて、ふかっと柔らかいのだ。
「勝負はライフポイントの取り合いによって行われる。無用な怪我を負うことがないよう、きちんと対処させてもらっている。
このゴーグルは目の保護用だ。顔への攻撃は禁止しているが、万が一手元が狂うこともないとは言えんからな」
「ああ、そうなんですか…」
ゴーグルを装着しながら、なんとなく拍子抜けしたような気分で手の中のひのきの棒をしげしげと見る。
「戦うっていうから、もっとこう、命を懸けたやり取りが行われているのかと…」
「馬鹿なことを言うんじゃない!」
私のつぶやきを拾って、随分と遠くから非難の声が上がった。
「私はこの国を滅ぼしたい訳ではない。むしろこの手で、より一層発展させたいと考えているのだ。それなのに、
前途ある若者の命をいたずらに奪うような真似をする訳がないだろう!」
びしっと、格好いい台詞を言い切る。
しかしその後に続く、クールジャパン万歳、のかけ声ですべてが台無しだ。
「そんなところで、いつまでも何をしてるんだ。今日の作戦をたてるから早くこっちに来い」
完全に上目線でブルーが私を呼ぶ。
既にもうなんだか色々と面倒臭くなっていた私は、小さく首を振りため息をつくと、今回だけは従う振りをして後でうやむやに
できないかなぁなどと儚い望みを抱きつつ、おとなしくそれに従った。
「うわぁ…」
本当に、ブルーが言った通りだった。
ライフポイントの振り分け方に決まりはない。私たちのように四人で五ポイントずつ分け持ってもいいし、一ポイントずつ二十人を
参戦させても問題はないのだ。おそらくマイキーは後者の戦法でくるだろうというブルーの予想により、それに対応した布陣を
しいていた訳だが。ずらりと並ぶ敵の姿はまさしくちょうど二十人。予想通りであるとはいえ、こうして実際に目にすると、
その人数差に圧倒される。
「流石に多勢に無勢なんじゃ…」
「なに、今までは俺たち三人だけで勝ってきたんだ。今回だって大丈夫だろう」
なんとも能天気なレッドのお墨付きだ。
「さぁ双方とも、準備はいいか!」
広い空間にマイキーの声が響き渡る。スーツの胸ポケットからハンカチを取り出すと、さっと宙に放り投げた。
「このハンカチが地面に落ちたら勝負開始だ」
ひらりひらりとハンカチが舞う。
そして、落ちた。
その瞬間に走る。
ぐん、と今まで感じたことがないような加速。それに戸惑いつつもなんとか敵の一人に肉薄すると、すれ違いざまその左肩の
ライフポイントめがけて思い切りひのきの棒を叩きつけた。そしてそのまま、スピードを緩めず走り抜ける。先手必勝。まずは相手の
数を一人でも減らすこと。これが、私たちの第一の作戦だった。十分な距離をとったところで振り返ると、さっき私が攻撃した男の
ライフポイントが割れて、空気の抜けた風船のようになっていた。これで相手のライフポイントはマイナス一だ。
他の三人の方はどうだろうかと見回してみる。垂れ目という身体的特徴から穏やかそうなイメージのピンクだったが、
意外と敵に対しては容赦ないようだ。ライフポイントを装着していた場所がちょうど向こう脛あたりだったのも悪かったのだろうが、
ピンクに打ち据えられた相手が痛そうにうずくまっているのが見えた。ブルーは涼しい顔で二人を仕留めていたし、レッドに至っては、
三つものライフポイントを奪って遠くでどや顔をしていた。すごい、と素直に感心しかけて、ふと私はまずいことに気付いた。
先制攻撃を仕掛けた後は二人一組、背中合わせとなって戦う作戦となっていた。なにしろ、向こうはこちらの五倍もいるのだ。
数を頼りに取り囲まれたら一巻の終わりだ。逆に、うまく死角をカバーできさえすれば一度に襲いかかってこられる人数には限りが
あるため、人数差はさほど問題にならない。そして私は、戦力を均等化するため一番強いらしいレッドと組むことになっていたのだが。
「レッド遠いし…」
私の位置取りが悪かったのか、レッドの位置取りが悪かったのか。それともその両方か。いずれにせよ、すぐに合流するのは
難しそうな距離感だ。
どうしようかと、考えてしまったのが更なる失敗だった。
三人、敵が私の前に立ち塞がる。それぞれひのきの棒を構えつつ、じりじりと間合いをつめてきた。流石にまずい。
慌てて私もひのきの棒を正眼に構える。あと一歩踏み込めば互いの体にひのきの棒が届く、そこまできたところで、
三人がいっせいに動いた。正面で二人と応戦する間に、残る一人が私の背後に回り込む。これが殺気というものなのか。
見なくとも、私の背中のライフポイントに向かってひのきの棒を振りかぶり、そのまま振り下ろそうとするのがわかる。
衝撃を覚悟した、そのとき。
「俺の作戦通りに動かないからだ」
耳元に、声が降ってきた。
「まぁ、あきらめずに戦おうとした意志は評価しよう」
私と対峙していた二人が、ぱっと飛び退って距離をとる。そこでようやく私は後ろを振り向いた。
声から予想はついていたが、私のちょうど背後に、ひのきの棒を肩にかついだ格好でブルーが立っていた。
後ろから私に襲いかかろうとしていた敵は、どうやらブルーが対処してくれたらしい。
「どこもやられていないな?」
訊かれて、ぶんぶんと頷く。
「あっちはレッドとピンクに任せてきた。こいつらは俺たちの相手だ」
そう言って、ブルーは私に背を預けるようにして立った。背中越しにブルーの体温を感じる。なんだか急にドキドキしてきた。
最初の印象が悪かったせいで、これまで私はなるべくブルーに近づかないようにしていた。作戦会議の最中もピンクの陰に隠れるように
して、ブルーを視界に入れないように、そしてブルーの視界に入らないようにしていた。だからブルーの顔なんて、
今まで一回もまともに見たことがなかったのだが。
格好いい。
マイキーのような目鼻立ちのはっきりとした美形ではないが、切れ長の目元に整った顔立ち。個人的にはマイキーのような
タイプの顔より、こちらの方が私の好みだ。
ほけっとブルーを見つめていると、ブルーが振り返った。目が合う。
「ぼんやりするな。来るぞ」
「はっ、はい!」
叱責されたが、さっきまでのような嫌な気分にはならない。むしろ心配しているからこそ厳しいことを言うのだろうと、
そんな風に思えてきた。この兆候は、きっと、おそらく、いや間違いなく。
これは恋だ。
私は、ねずブルーに恋をしてしまったのだ。
「とりゃあぁあああーっ!」
威勢のいい掛け声と共に、さっき私の前にいた二人とブルーを追いかけてきた四人の合計六人がいっせいに動く。ぎゅっと、
私はひのきの坊を握り直した。
あきらめずに戦おうとした意志は評価しよう。
さっきのブルーの言葉がよみがえる。
ブルーに格好悪いところは見せたくない。そして、またブルーに褒めて欲しい。
そんな乙女心を胸に灯して、私は迫りくる敵を迎え撃った。
「くそっ、覚えていろよ!」
三下な台詞を吐き捨てて、大量の覆面黒ねずみを引き連れてマイキーが走り去っていく。
結局、勝負は私たちの勝利に終わった。流石に無傷とはいかず、私たちもいくつかライフポイントを奪われはしたが、
それでもあの人数相手に勝つことができたのだから上出来だろうと思う。
「みんな、今日もごくろうだった」
遠くの物陰から山田太郎が現れる。さっきから見かけないと思ったら、あんなところに隠れていたのか。
「これでまた、この国の平和が守られたというわけだ」
感極まった、とでもいうように山田太郎がだらだらと涙を垂れ流している。
あのなりで泣き上戸なんだろうか、などと至ってどうでもいいことを考えながら眺めていると、山田太郎とばっちり目が
合ってしまった。
「イエローもよく戦ってくれた!」
ずかずかずか、と近づいてきて、遠慮なしにばんばん肩を叩かれる。
「みんなもそう思うだろう?」
私の肩に手を置いたまま、ぐるりと他の三人の顔を見る。
「そうだな、頑張った頑張った!」
レッドが強面を笑み崩す。
「助かったわ。ありがとう」
ピンクが微笑み、私に向かって軽く頭を下げた。
「ブルーも、イエローはよくやってくれたと思うだろう?」
我関せずというように、少し離れたところに立っていたブルーに山田太郎が水を向ける。
どきんと鼓動が跳ねた。
「………」
呼ばれてこちらを見たブルーはちらりと私に一瞥をくれると、ふん、と鼻を鳴らした。
「四十点。及第点ぎりぎりといったところだな」
容赦ない採点。ちょっと傷付いた。
「………まぁ、初戦ならその程度だろう」
しばしの間を置いて、続けられた言葉はもしかしてフォローしてくれているのだろうか。乙女心がきゅんとする。そして次の瞬間、
考えるより早く、ほとんど反射に近いスピードで私はハイ、と手を上げていた。
「私、頑張ります!次回はもっと点数が上がるように。だから見てて下さい!」
思い切り言い放って、それからはっとする。
あわよくば、これを最後になんとか誤魔化して逃げられないかと考えていたはずなのに。何てことを宣言してしまったのだ私は。
まずい今すぐ撤回しないと。そう思い視線をめぐらせたところで、ふとブルーと目が合った。
ねずイエローを辞退したら、もう二度とブルーには会えない。なにしろ、私はブルーがどこの誰かも知らないのだ。
たとえ町ですれ違うことがあったとしても、気がつかない可能性の方が高いだろう。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
どうする、私。
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