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 白ビキニの変態ねずみ男と、狭いエレベーターに二人きり。なんて危険な状況だろう。かくいう私も、 黄色いねずみ耳女という十分に変態的な姿をしているのだが、自分自身の自由意思によるものか否かという点で、 両者は大きく隔てられるのだと主張したい。
「…どこに向かっているんですか?」
 随分と長時間エレベーターに乗っている気がするのだが、一向にどこかに到着する気配はない。思い切って、山田太郎に 直接質問してみた。
「今、我々はこの町の地下へと降りていっているところだ。奴が襲撃し、我々が防衛する。まさに戦場へと向かっているのだよ」
 はて、と首を傾げる。
「どうして地下が?」
 仮にも日本を手に入れようと企んでいるのなら、もっと他に襲撃するべき場所があるのではないだろうか。よくわからないけれど 国会議事堂とか。
 すると山田太郎は、気取った仕草でチュッチュッチュッ、と人差し指を振った。
「各地に生活用水を送り届ける上水道、排水を流す下水道はすべて地下を通っている。ガス管もまた然り、だ。 最近では電線も地下に設置されている。地下という空間には、町のライフラインすべてが集約していると言っても過言ではないのだ。 いわば、地下を支配する者こそが地上の支配権をも握る、という訳なのだよ」
「へぇ…」
 そう言われるとその通りな気がする。ただの変態集団かと思いきや、意外ときちんと考えているようだ。
「襲撃の前に、奴は必ず宣戦布告をしてくる。日本を手に入れるという目的だけでなく、その過程をも楽しもうという魂胆なのだろう。 奴にとっては、戦うことさえ楽しい楽しいゲームなのだよ。もっとも、そのおかげで我々はこうして万全の態勢で迎え撃つことが できるのだがね」
 そこで山田太郎がちらりと私を見て、ふっと笑った。
 その、期待に満ち満ちた眼差しを私に向けるのはやめて欲しい。仕方なくここまでついてはきたが、ねずイエローとやらの役目を 引き受けるなんて、私は一言も言っていないのだから。
「着いたぞ」
 一瞬、なんともいえない浮遊感。そしてエレベーターが下降を終える。ゆっくりとその、両開きのドアが開いた。
「やぁ。みんなそろっているな」
 降りた先には先客がいた。
 山田太郎の挨拶に応じるように、三人が振り向く。
「うわぁ…」
 自己紹介されずとも、その三人が誰だかわかる。ねずレッドにねずブルー、そしてねずピンクといったところだろう。顔や髪型、 背丈や体型はそれぞれ異なるものの、全員が今の私と同じデザインをしていた。すなわち、赤と青とピンク色の、 ねずみ耳付きつなぎ姿。
「紹介しよう。ねずレッドにねずブルー、ねずピンクだ」
 予想通り。何のひねりもない。
「お、司令官。隣にいるのは新しい仲間か?」
 山田太郎と同じくらい背が高く、筋肉質。短い髪をつんつん立たせた、強面のレッドが私の顔を覗き込んできた。
「ああ。今日からみんなと共に闘う、ねずイエローだ」
「そっか。よろしく頼むぜ」
「ど、どうも…」
 仲間じゃないし、一緒に戦うなんて言ってない。
 そう突っ込みを入れたいのは山々だったが、山田太郎相手ならまだしも初対面の、強面の男の人相手に突っ込む度胸はなかった。 勇気があるのと、無謀なのとは違うのだ。
「あなた学生さんよね。大丈夫?」
 大きくはだけられた胸元からはみ出さんばかりのナイスバディに、やや垂れ気味の目尻が可愛い、まるでグラビアアイドルのような ピンクが心配げな表情で首を傾げる。
 思いがけず差し伸べられた救いの手に飛びつこうとしたが、寸前で。
「どうでもいいが、そろそろ時間じゃないのか」
「そうだな、少しゆっくりしすぎたかもしれん。急ごう」
 ブルーの一言で呆気なく流されてしまった。
 一人さっさと歩き始めた、ブルーの背中を恨めしげににらみつける。しかしブルーはそんな私の視線などまったく気に留める様子もなく。
 結局、私は山田太郎とレッドの二人にがっちりと両脇を固められて、まるで連行されるような状態で。 しぶしぶ足を動かし始めたのだった。



 自分の住む町の地下はこんな風になっているのかと、社会科見学で来たのであれば楽しかったかもしれない。しかし現実は そんないいものではなく。一歩先に進むごとに、私のテンションはどんどんと下がっていった。最早ほとんど底辺だ。
 そんな私を、先を行くピンクは時々気遣うように振り返ってくれるが、隣の山田太郎とレッドはまったく少しも、私がどよーんと していることに気付く気配すらなかった。そして一番先頭を歩くブルーもまた、私なんか気に留めようともしない。 視線で人を殺せるのなら、ブルーは今頃ご臨終だろう。しかし残念ながら私にそんな能力はない。本当に残念だ。
 そんなこんなで、どれくらい歩いただろうか。たいした距離ではないのかもしれないが、気分的にものすごく疲れを感じる。 やがて私たちは、がらんと開けた空間に出た。
「来たな、国家の犬め」
 犬じゃない、ねずみだ。
 思わず突っ込んでしまったが、おそらく向こうもそういう意味で言った訳ではないのだろう。
 広いその場所のちょうど中央あたりに、腕を組み仁王立ちする人影が一つ。間違いなく、例の侵略者だろう。 状況証拠もばっちりだが、なによりその立ち方が山田太郎そっくりで、きっと同類なんだろうなあと推測させる。
 変態、いや変身しているおかげか、結構遠く離れたところにいるにも関わらず侵略者のその容姿がよく見えた。スタイリッシュな シルバークレイのスーツをかっちりと着込み、頭には白いふわふわの、ねずみ耳付きかぶりもの。流石は『ねず』の付く星出身者だ。 しかしそんな耳よりも、中身の方が大問題だった。
 わずかな明かりを反射して輝く、さらさらの金髪。宝石のように綺麗な青い目。まるで物語の中から抜け出してきた王子様のような、 甘く整った顔立ち。まごうことなき美少年がそこにいた。通常であれば違和感と失笑を伴うであろうねずみ耳が、これはこれで キャラクターとしていけるんじゃないかとすら思えてしまう。それくらいに麗しい。
 この、素晴らしく恵まれた容姿で、オタク。
 なんだか余計に残念だ。
「今日こそはお前たちを我が崇高なる野望の礎にしてくれるわ!はっはっはっはっはっ…」
 芝居がかった物言い。高い天井に、いかにも悪者風の笑い声がこだまする。
「あの、ちなみに今までの戦績って…?」
「何戦したかは覚えてないが、全戦全勝」
 レッドが胸を張る。
「そこっ!聞こえているぞ!」
 小声で話していたつもりだったのだが、私語をたしなめる教師の如くびしっ、と指を差された。なんていう地獄耳。
「…んん?お前は新顔だな。名を名乗れ。いや、私から名乗ろう」
 しかも一人ボケツッコミまでマスターしている様子で。口をはさむ隙もない、怒涛の口撃。
「私はマイキー・モーセ。偉大なるミック・E・モーセの従兄弟の嫁の弟の三男だ」
「はぁどうも…。私はわたぬ」
「ねずイエローだ」
 自己紹介しようとしたら、山田太郎に邪魔された。
「新しい仲間を迎えて、ますます盤石の体制となった我らに敗北の二文字はない。貴様の野望など、粉々に打ち砕いてくれるわ!」
 マイキーと張り合うように胸を張る山田太郎。やはり完全に、私を戦力の一人にカウントしている。
 不意に、横手から肩を叩かれた。振り向いた先でピンクがゆっくりと首を振る。目は口ほどに物を言うという言葉があるが、 その神仏のように悟りを開いた穏やかな眼差しは、私にこう語りかけているように感じられた。すなわち、『あきらめろ』と。
「………」
 私はぐるりと周囲を見回した。前門の虎後門の狼どころか、熊や猪まで出没しそうなこの状況。
 がっくりと肩を落として、ため息をつく。
 ピンクのお姉さんの存在だけが唯一、この場において救いであるように感じられた。






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