地球から何万光年も離れた場所に、その惑星は存在する。小さな星ではあるものの、豊かな資源と高い科学技術を有するその 星の名は、ねず公星。男はそこからやってきた宇宙人なのだという。
「違う、『宇宙人』ではなく『宇・チュー人』だ。我々民族の名であって、広く地球外生命体を示す『宇宙人』とは別なのだ」
 力説されてしまった。
 ちなみに宇・チュー人の他に途・チュー人や夢・チュー人などいくつかの民族が存在し、それら民族すべてがまとまって 一つの統一国家を形成しているらしい。
 とりあえず、へぇそうなんですかと相槌を打っておいた。
 有意義な収穫といえば、男の頭の上についているあれが熊耳ではなくねずみ耳だとわかったことくらいだ。ねず公星ときて、 民族名もチューチューチューなのだから、つまりそういうことなのだろう。疑問が解決して少しすっきりした。
「私のことは山田太郎と呼んでくれたまえ。ああ、もちろん偽名だよ。この国でもっともポピュラーな男性名なのだろう?」
 間違ってはいないが、時代が数十年ばかり古い気がする。しかしもちろん突っ込みは自分の心の中だけにとどめておく。 変に話が広がっても、百害あって一利なし、だ。
「私はいわゆる国家公安警察に所属していてな、これはその制服なのだ。特に純白をまとう資格があるのはごく一部のエリートのみ なのだよ」
 そんな、自慢げに胸を張られても。地球星日本国生まれのいたって一般人である私にはそのありがたみはまったくわからないし、 むしろ変態にしか見えない。しかし何も言わずにスルーしていたらまた男、もとい山田太郎が泣き出したので、仕方なく すごいですねーと棒読みで称賛してあげた。
「数か月前、我々が密かに監視していたマフィアのボスの従兄弟の嫁の弟の三男坊が宇宙船で地球へ向かったという情報が入った。 調査によると、どうやら奴は日本のエンターテイメントをひどく気に入っていて、日本ごとすべてを手中に収めようと 画策したらしい」
「エンターテイメント…?」
「ジャパニメーションと言った方がいいかな?」
「ああ…」
 つまり、オタクということか。
「でも地球に向かったって情報が入ったのが数ヶ月前ってことは、もう到着しちゃってるんじゃないですか?日本ごと手中に…って ことは要するに侵略ですよね。本当に宇宙からの侵略を受けているんだったら、今頃日本中大騒ぎだと思うんですけど」
「日本政府には、このことは内密にと話をした。君の言う通り、事態が公になればパニックは必須だからな。奴らには我々が 対処するということで総理大臣にも納得して頂いたよ」
「…って、もしかして総理大臣と会ったんですか!?」
「ああ。米国大統領に仲介してもらって、ね」
「アメリカの大統領まで…」
 なんだか急に、目の前のねずみ耳ビキニの変態が、すごい男に見えてきた。
「おっと、お嬢さん。私に惚れてはいけないよ。単身赴任中とはいえ、妻も子もある身だからね」
「………」
 前言撤回。やっぱりただの変態だ。
「まぁそういう訳で、表沙汰になってはいないか既に戦いは始まっている。そこで…」
 がっしと両肩をつかまれる。
「君の力が必要なのだよ、四月一日菜花君。いや、ねずイエロー」
「ちょっ、近い…顔近いです…!」
「奴は自分の部下だけでなく、日本の若者をもスカウトし、戦闘員に仕立て上げている。奴ら組織の開発した戦闘服の威力は高い。 対抗するには、我々も同等の戦力を得る必要があった。そうして作り上げたのが、この変態ウォッチなのだ」
 変態、すなわち形や状態を変えること。
 人間を体組織から変えることで、運動能力や五感などの能力を高め、戦闘能力を飛躍的に高めることができるのだそうだ。
「でも、どうして私が変身しなきゃいけないんですか?総理相手に大見栄をきったんだったら、自分たちで戦えばいいじゃないですか」
「変身ではない、変態だ。…さっきも言ったが、この装置は人を体組織から変えてしまう。本来、それは人体にとって大きな負担の かかることだ。しかし実験に実験を重ねた結果、装置と相性のいい者であれば負担なく変態できることがわかった」
 予感というには余りにも予想がつきすぎる。あきらかに、私にとって決して愉快でない展開が待ち受けているのをひしひしと感じる。
「ねず公星の出身であっても相性がいいとは限らない。むしろ地球の人間の方が、変態に適応できるというデータもある」
 頼むから、この後には予想外の大どんでん返しが待ち受けていて欲しい。
「そして、このねずイエロー変態ウォッチと相性のいい者こそが、他ならぬ君なのだ!」
 バックにベタフラッシュ。
 そんな感じで山田太郎が叫ぶ。叫んでしまった。
「君は選ばれた人間なのだよ、四月一日菜花君」
「あの、ちなみに拒否権は…?」
「ない」
 きっぱりと断言されてしまった。
「我々の行動は日本政府によって容認されている。私の要請は、いわば日本政府からの要請と同じことなのだ。自国の政府と 事を構えるのは、君だって嫌だろう?」
 それに、と。
 山田太郎がさらに私に追い打ちをかける。
「それでも万が一、どうしても役目を拒否するというのであれば、色良い返事がもらえるまで君をここから帰す訳にはいかないな。 君が納得するまで根気よく説得させてもらう」
 はい、脅迫来た。
 柔らかくオブラートに包んでいるが、言っている内容はまさしく脅迫に他ならない。
 おそらく、というか間違いなく。さっきと同様に、私には従うしか道は残されていないのだろう。少しでも早く日常に帰るためには 頷くしかないことはわかっている。しかし、果たしてそれは本当に今まで通りの日常なのか。
 ぎゅっとこぶしを握り、うつむいた、その時。
 部屋の明かりが切り替わる。それまでの白色から、どこかおどろおどろしい赤色へと。そして同時に、ジリリリリッと非常ベルの ようなけたたましい音が鳴り響いた。
「…どうやら、奴からの宣戦布告があったようだな」
「ぇえっ!?」
「ちょうどいい」
 がっしと、山田太郎に腕をつかまれる。
「我々が何と戦い、そして何を守っているのか。実際に体験してみるのが一番わかりやすいだろう」
 やめてくれ、その手を離せ、帰らせろ。
 思わず五七五を詠んでしまうくらいに嫌だったが、山田太郎の力は思いのほか強く、振りほどけそうもない。 そして結局、私はそのまま山田太郎にずるずると引きずられていった。






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