×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。




 蘇芳と葵。今、私が執筆しているシリーズのキャラクターで、恋人同士の二人である。もちろん性別はどちらも男。 この二人には実は、実在のモデルがいる。
「よう、今日もお疲れさん」
「………」
 親しげな笑みを浮かべて隣の席に座った男を、眉間に微かにしわを寄せた表情でもう一人がにらむ。不機嫌というより、 むしろ困惑の表れなのか。見た目ほどの険はそこにはなく、にらまれている当人もどこ吹く風の様子。
 ねずレッドとねずブルー。作家業の収入不足を補うためにやっている、アルバイト先の同僚である。
 本当は心優しい青年であるのに、その容姿が原因で誤解されやすい蘇芳。幼少時代の不幸な境遇故に人を信じることができない 孤高の青年、葵。言うまでもなくレッドとブルーがモデルである。
「蘇芳が葵を好きなように見えて、実は葵の方が蘇芳に精神的依存してるのよね…」
「ごめんなさいピンク。今の、聞こえなかった。何の話?」
「ううん、気にしないで。独り言だから」
 無意識のつぶやきをイエローに拾われて、焦る。しかし何を言ったのかまでははっきりと聞こえなかったようで安心した。
「どうしたんだね、ねずピンク。今日は随分とぼんやりした様子だったが」
「ああ、司令官…」
 気が付くと、すぐ目の前に白ビキニ姿の男が、腰に両手を当てて仁王立ちしていた。
「いえ、ちょっと最近、寝不足気味で…すみません。ご心配頂いて、ありがとうございます」
 ごめんなさいと頭を下げる。
 すると、ぽん、と肩に手を置かれた。
「謝る必要などない。ただ、心配をしているだけだ。君は我々の大切な仲間なのだからな。怪我のないように、調子が悪いときは 遠慮なく言ってくれ。くれぐれも無理はしないように」
 優しい言葉。優しく微笑む、司令官の歯がきらりと光る。ついでに意外とたくましいその胸筋が、ビキニの下でぴくりと動いた。 ついつい視線を奪われて、ビキニに向かってもう一度ありがとうございますと謝辞を述べる。
 私が山田太郎司令官により、ねずピンクとしてスカウトされたのはもう随分と前のことだ。当時はまだねずレッド一人だった メンバーも今では私を含めて四人にまで増えた。司令官のビキニ姿もすっかり見慣れて、最近では創作活動の肥やしにと密かに その肉体を観察するのが習慣になってしまった。筋肉のつき方とか、描写をする際に参考になるのだ。
「ああそうだ」
 唐突に、司令官が大きく手を打つ。
「忘れるところだった。いかんいかん…」
 部屋の隅のコートかけにかかっている自分のトレンチコートの懐に手を突っ込んでごそごそとあさる。そして白い封筒を 四枚取り出すと、おほんと咳払いした。
「皆、今月もよく戦ってくれた。報酬を渡すので受け取ってくれたまえ」
 ねずピンクとしての私は、日本征服を目論む宇宙からの侵略者と戦う正義の味方としての役割を担っている。
 正義の味方という存在について、私は一つ大きな思い違いをしていた。
 正義の味方は慈善事業ではなく、サラリーマンだったのだ。
 受け取った封筒の中身をあらためれば、そこには紙切れが一枚。報酬は現金支給ではなく口座振込によってされるため、 こうして直接手渡しで受け取るのは支給明細のみとなる。渡された明細にざっと目を通して、元の通り二つ折りにして封筒に 戻したところで、横からくいと袖を引かれた。
「イエロー?どうしたの」
「あの、ピンクは………いくらくらいもらったんですか?」
「………」
 無言で司令官を見れば、司令官もやはり無言で小さく首を振る。
「………秘密。年齢とスリーサイズと年収は、女の人相手に質問したら駄目よ」
 諭した私を通り越して司令官にうらみがましい視線を送るイエロー。
 何事にも、例外というものはある。さっき私は報酬は口座振込によると言ったが、今回は、ねずイエローが例外だ。
「君は未成年だからな。あまり多くの金銭を渡してしまっては、教育上よくないだろう。それにもし君が突然羽振りがよくなったり したら、周囲に不審感を与えることになりかねない。不要な心配をかけてしまうかもしれないだろう」
「でも…」
「デモもストもない。日本国において成人と認められる年齢に達するまで、ねずイエローに対しては報酬の一部を現金支給するものと する。これは決定事項なのだ。あきらめたまえ」
「だけど…」
「それに支給額をのぞいた残額はきちんと君用の口座を開設し、そちらに振り込んである。成人したら、それまでの分も含めて すべて渡すのだからいいだろう」
「…でも、気になるし」
「金額なんて聞いてしまったら、今以上に気になるだろう」
 司令官とイエローが喧々囂々やり合うのをぼんやり眺める。どちらの言い分ももっともだとは思うが、どちらかといえば、 私は司令官に軍配を上げたい。
 私の仕事は小説を書くことで、正義の味方はあくまで副業のアルバイトに過ぎない。しかし収入面から見れば、正義の味方の方が 確実にメインとなる。実のところ、ねずピンクとしての収入だけで、十分に生活していくことができるのである。それどころか もうワンランクくらい上のアパートに引っ越してもまったく問題なく、更に貯金にまで手が回りそうなくらいの報酬をもらっていたり するのだ。
 中学生、高校生くらいのときにこれだけのお金を手にしたら、私だったらおそらく相当に浮つく。何かあるなということが、 すぐに周囲にばれてしまうことだろう。
「ねぇイエロー。この後って暇かしら?もしよかったら基地のカフェでお茶でもしない?ここのカフェ、ワッフルがすごく 美味しいの。おごってあげるわ」
 どうかしら、と首を傾げてイエローの返事を待つ。
 大きく目を見開いて、イエローがぎゅうっと抱きついてきた。
「もう、本当に、ピンク大好きです…っ」
 シャンプーの香りだろうか。
 イエローからは、私とはまったく縁遠い、女の子らしい良い匂いがした。



「ピンクって、スタイルいいですよね」
「…え?」
 思いがけない言葉に反応が遅れた。
「背も高いし、モデルみたい」
「そうかしら…?」
 思わず、まじまじと自分の体を見下ろす。そんなこと今まで言われたことがなかった。
「身長は確かに大きい方だけれど…でもモデルだなんて。私、結構太っているし」
「ピンクのは、太ってるんじゃなくて胸が大きいっていうんです!」
 テーブル越しに身を乗り出してイエローが力説する。
 そのあまりの力の入りように、若干後ろに引いてしまった。
「ううう、うらやましいですよそのグラマーさ。分けて欲しいくらいです」
 私としては重いし邪魔だし、あげられるものなら謹んで進呈したいところなのだが。そんなことを口にしたら火に油を注ぐ結果と なってしまいそうなので黙っておく。
「いいなぁピンク。きっと、すごく格好いい彼氏さんとかいるんでしょうね…」
「それはないわ」
 主観の入り込む余地など微塵もない客観的な事実だったため、そこははっきりと否定しておく。
「彼氏なんて、もう何年もいないもの」
「え、そうなんですか?」
 上目遣いに私を見上げるイエロー。その眼差しには意外なことを聞いた、とでもいうような、驚いたような色がありありと 浮かんで見える。
「じゃあ好きな人とか、格好いいなって思う人とかは?」
「そもそも、あまり周りに男の人がいる環境じゃないから。田舎から出てきて一人暮らしだから、学生時代の友人もいないし」
「職場恋愛とかは?」
「うーん…」
 仕事で一番接触する機会の多い、私の担当編集者は女性だ。以前アルバイトしていたコンビニには若い男性もいたが、 ねずピンクとなったのを機に辞めてしまった。
 私がうーうーうなっていると、つられるようにイエローがうめいてテーブルの上に頬杖をつく。
「せっかくピンクと恋バナしようと思ったのに。本当に、全然、ないんですか?ドキドキとかトキメキとかそういう話題」
「そうみたいね…」
 男の人とお付き合いをした経験自体は皆無ではない。学生時代に何度か、彼氏というものを持ったことはある。しかし改めて 思い返してみると、イエローが言ったようなドキドキとかトキメキとかいう感情は、そこにはなかったような気がする。
「好きなことがあって、やりたいことがあって。私にとっては、それを追求することの方が大切だったから」
 そんな風に毎日を過ごしていたら、いつの間にか彼氏と別れたことになっていた。俗に言う自然消滅、というやつだろう。 それでも、彼氏ができた後に私の日常が変わらなかったのと同じように、彼氏がいなくなった後の日々も、何らの変化も影響も なかった。
 そのときの私には、きっと、恋愛にうつつを抜かすだけの余裕はなかったのだ。
「今は、あの頃よりはちょっとだけ余裕があるけれど。今度は出会いの方がなくなっちゃったわ」
「なんだかもったいないです。こんなに綺麗で可愛いピンクに彼氏がいないなんて、本当にもったいない」
「ありがとう。そんな風に褒められたことないから、嬉しいわ」
 イエローを真似るように私も頬杖をつく。テーブルに身を乗り出した分だけ、イエローとの距離が少し近くなった。
 本当は、格好いいと思う人と言われたとき真っ先に、今朝ゴミ出しを手伝ってくれた御影さんの顔が浮かんだのだけれど。
 なんとなく私は、それを言い出すことができなかった。






back menu next