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 典型的な文系人間で、運動音痴ではないものの決して運動が得意な方ではない。だから、戦闘は毎回必死だ。
 ねずピンクになることで身体能力が飛躍的に向上しているとはいえ、それは相手も同じことで。
 妙に戦い慣れしたレッドとブルーの指揮の下にチームとしては全戦全勝を誇ってはいるが、私自身に関して言えば、 戦闘終了までライフポイントが残っているかどうかは半々くらいの確率だろうと思う。
「………っ!」
 大きく振るわれたひのきの棒を、すんでのところで避ける。敵から目はそらさず。バックステップで距離をとる。
 一対一。しかし残りのライフポイントは私が一であるのに対して、相手は二ポイント。圧倒的に不利な状況。けれど、私が こうして目の前の一人を引き付けている間に、仲間たちがうまく敵のライフポイントを削っている、はずだ。語尾が断言でないのは、 私が仲間の様子まで確認する余裕がないからだ。目で見て確認することはできない。それでも、うまくやってくれているはずだと。 私は仲間たちのことを信じている。
 ふぅ、と一呼吸。乱れた息を整えると、ひのきの棒を正眼に構える。
 何の素材でできているのか、ぴたりと体にフィットして見える全身黒の戦闘服を身にまとった敵戦闘員は、まるでタイガーマスクの ような口元だけが出るタイプの覆面をかぶっているため、その表情をうかがい知ることはできない。いや、虎柄でなくねずみ耳付きの 覆面だから、ここはネズミーマスクと言うべきだろうか。背が高く、いかにも運動ができそうな引き締まった体つき。瞬き一つの隙を ついて、一気に距離をつめられる。一撃、二撃、続けざまの攻撃を、増強された反射神経でもってなんとかしのぐ。三撃目、 下からすくい上げるように繰り出されたひのきの棒に、防御を崩された。
「きゃ…っ!?」
 がら空きになった私の左の肩口、ライフポイントの最後の一つめがけて敵の持つ、ひのきの棒がひらめく。
 やられると、覚悟を決めた意識に反して、それでも逃げようと体が動いたのは完全に想定外のことだった。自分でも驚いた その行動はしかし回避という結果にはつながらず、それどころか、無茶な動きについていくことができなかった両足がからまり、 もつれた。
 硬い地面。受け身もとれず、転んだらさぞかし痛いだろう。為す術もなくただ、ぎゅっと目をつぶる。
「………え?」
 ぽかんと、見上げる。
 予想していた衝撃は訪れなかった。その代わりに予想だにしない、精神的な衝撃が私を襲う。
「どうして…?」
 たった今、私を打ち負かしたはずの相手の、その腕の中に私はいた。まるで抱きしめられているかのような位置関係。 転ばないよう支えてくれたのだと、遅れて気が付く。
「傷つけたり、怪我させたりするのが目的で、俺はあんたたちと戦ってる訳じゃないから」
 ふいと顔を背けて、しかし意外なほどに優しい仕草で私を立たせてくれる。
「もっと気を付けた方がいい。………女、なんだから」
 早口に言い捨てて、さっと身を翻す。
 あとは振り返ることなく一直線に、いまだ戦いの続く戦場へと走っていった。
「び………っくり、したぁ………」
 強いけれど、温かくて、優しい手。
 あまりにびっくりしたせいで、胸がドキドキしてきた。
 うるさく騒ぐ心臓を両手で押さえながら、私は、へたりとその場に座り込んだ。



 この日の戦闘も、終わってみれば結局のところ、私たちが白星をあげることとなった。
 また一つ、全勝記録の更新である。



 ガチャリと鍵を開ける音が隣から聞こえる。
 私は、慌てて部屋を飛び出した。
「お帰りなさいっ、御影さん」
「………え?あ、はぁ…ど、どうも…」
 ちょうど自分の部屋に入ろうとしていた御影さんが、ドアを半分開けた中途半端な体勢で振り向く。
「御影さん、カレーはお好きですか?」
「す、好きだけど…?」
「よかったです。すみません御影さん、そのまま、少しだけ待っていて下さい」
 待て、とジェスチャーして自室に引っ込む。そしてあらかじめカレーを取り分けておいたタッパーを手に、すぐに取って返した。
「あの御影さん。これ、よかったら食べて下さい」
 ずいっと、タッパーを差し出す。
「味は問題ないはずです。味見は、何度もしましたので」
 料理の腕に関しては正直、可もなく不可もなくな私だが、唯一カレー作りに関してはこだわりを持って臨んでいる。 数種類のルウをオリジナルで配合し、スパイスを追加して。
 カレーは、私にとって貴重な得意料理なのである。
「先日は、ゴミ出しを手伝って頂いてありがとうございました」
 そこでようやく、御影さんは合点がいったという顔をした。
「それでわざわざ…?別に、気にしなくてよかったのに。実際、たいしたことはしていないし」
「それでも、私はすごく助かったし、嬉しかったので。この気持ちをおすそ分けさせて下さい。御影さんの迷惑じゃなければ」
「…それじゃあ」
 御影さんが両手でタッパーを受け取る。
「ありがたく、頂きます」
 渡す瞬間、一瞬触れた指先にどきりとした。
 そんな自分自身に対する動揺を隠しきれずにぱっと手を離した私を、怪訝そうに見る御影さん。
「そ、それじゃあ、私はこれで失礼します」
 あはは、と誤魔化し笑いをしながら後ろ歩き。辿り着いた自室のドアを手探りで開けて、最後に一度、御影さんに会釈してから 部屋に逃げ込む。ばたりと閉ざしたドアにもたれて、胸の前に両手を握ると深々と息を吐き出した。
「………イエローが、恋バナとか言うから………」
 変に意識してしまう。
「恥ずかしい…」
 でも、嫌な感じのドキドキではないと。
 そんな風に考えてしまった自分に、私は一人赤面した。






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