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「…悪い。驚いただろ」
 しばらくして、やれやれというようにギルフォードが振り返った。
「ああいう人なんだ、エディアルド兄上は」
 困った人だと言いながら、この声音に棘はない。
「…すごく、驚いたわ」
「俺がもう少し早く来られればよかったんだが…悪かった」
「ううん…大丈夫」
 ただ驚いただけだ。別に無礼を働かれたわけではない。むしろ、王族や身分の高い人たちにとっては あれが正式な挨拶の仕方なのだろう。一般庶民出身のアリアとしては、物語の中でしか見たことのない 代物だが。
「あのぅ……」
 会話が途切れたのを見計らって、遠慮がちに声がかけられた。
「お食事をお運びしてもよろしいでしょうか…?」
 銀色の配膳用ワゴンを傍らに、メイドが二人所在なさげに立ち尽くしていた。

 ギルフォードが許可したことで、結局カイを含めた三人で食卓を囲むことになった。 香ばしいパンや具だくさんのスープ、サラダに分厚いベーコンと、次々運ばれてくる料理を 平らげていく。空腹だったというのもあるが、それ以上に、出される料理がすべておいしいからだ。
「昨日はゆっくり休めたか?」
 食事が一段落したところで、向かいに座ったギルフォードが尋ねる。
「う、うん」
 一瞬詰まったのは、一人で出歩いた挙句に迷子になったことを思い出したからだ。しかし、 そこはあえて何も言わないでおく。格好悪いから、というだけではない。そんなことを知られたら、 本当に四六時中、付いて回られそうだった。
「放っておいて悪かったな。これからの予定を話してたんだ」
 意外に優雅な仕草で、ギルフォードが紅茶に口をつける。
「とりあえず、契約の儀が三日後に決まった」
「契約の儀?」
「ああ。竜と巫子の、契約を交わす儀式だ。この儀式をやって初めて、正式に巫子として認められる」
「……私、何かやるの?」
 教会にいた頃あった式典を思い出す。式典では、教会の責任者であるエディードはいつも皆の 代表として礼拝を行っていた。決められた礼服に身を包み、長々と祈りの口上を述べ、細かく複雑な 手順に則り場を取り仕切る。契約の儀がどのようなものであるかは知らないが、それが竜と巫子の ための儀式である以上、巫子たるアリアにも何らかの役目がある可能性が高い。
「そんな難しいことはやらないさ。儀礼的な意味合いよりも、実質的な意味合いの方が強いものだから。 内輪だけしか集まらないしな」
 ギルフォードの楽観的な態度に少し安心する。
「明日、明後日で簡単に流れを説明するから、そこで覚えてもらえばいい」
 うんうんと頷きながら、アリアはギルフォードに倣って紅茶のカップに手を伸ばした。一口含むと、 ふわりといい香りが広がる。
(おいしい…)
「今日のところは、カイに城の中を案内してもらえ。夕食は陛下と一緒になるから、その時にまた呼びに 来る」
「ぅぐっ!?」
 紅茶が気管に入った。息苦しさに耐え切れず、むせる。
「お、おい。どうした?大丈夫か?」
「アリア。落ち着いて、ゆっくり水飲んで」
 涙目になって苦しんでいると、カイが背中をさすってくれた。差し出されたグラスを受け取り、 カイに言われるままに一口ずつ飲み下す。
「陛下と一緒…?」
 さらりとギルフォードは、聞き捨てならないことを言わなかっただろうか。
「あ、ああ。何か問題か?」
「確かに、挨拶に伺わなきゃとは思ってたけど、いきなり食事を一緒にって…ものすごく緊張する んだけど……」
「それなら心配ない。陛下は気さくだから」
「そういう問題じゃ…」
 何が問題なのかまったくわからない、という顔。
 アリアはがっくりと肩を落とした。これは、アリアの感覚の方がおかしいのだろうか。国民が、 自国の王と会食をするというのは、普通は緊張する場面ではないだろうか。
(ギルって、本当に王子様なのよね…)
 普段の軽い態度を見ているとつい忘れがちになってしまう。ギルフォードは、アリアたち庶民に 限りなく近いようでいて、決定的に異なる。それが悪いことだとは思わない。ただ、違うなと感じる 瞬間がある。そしてそれ故に、時として無神経だ。
(王子のくせに王子っぽくない、とか思われてるんだろうけど。それでいて、実はすごく王子っぽい のよね)
 おそらく、ヴォルフハルトの第三王子という前提でギルフォードと接している大多数の人たちは、 こんなことを思いもしないのだろう。初めは、アリアもそうだった。
「……わかった。先延ばしにしていいことじゃないっていうのも、その通りだし」
「本当にそんなに緊張する必要ないからな?むしろ、変に硬くならないでくれた方がいい」
「努力する」
 努力しなければならない時点で問題だろうと思うのだが、ギルフォードは安心したように頷いた。 カイの同情するような、励ましているような視線を感じる。そんな二人に挟まれて、アリアは こっそりとため息をついた。


 夕食の時間だと呼ばれ、案内されたのは昼とはまた違う部屋だった。ひときわ豪奢な室内。 隅に控える衛兵が、給仕をするメイドが、アリアの一挙一動を観察しているように感じる。
(落ち着いて。気持ちが敏感になってるだけよ。大丈夫)
 周りに気付かれないよう小さく深呼吸して、背筋を伸ばす。
「どうかされたかな、アリア殿?」
「いえ。何でもありません、陛下」
 入り口から最も遠い、上座の席に座る男を見た。
 ギルフォードやエディアルドとよく似た容姿をしたこの男が、ヴォルフハルト国王ジェラルドだ。 金髪に黒色の瞳。ややきつめの精悍な顔立ちだが、ふとした拍子に見せる表情がそれを和らげる。 ギルフォードの言った通り、気さくな人なのだろう。しかしそれだけではない。エディアルドから 感じるものよりもなお強く、それでいて自然な威圧感。相対すれば、当然のように頭を垂れなければ ならないと感じさせる。これが、一国の王であるということなのだろう。
「ジェラルド。あまりアリアをにらんだらいけないよ」
「そうですよ。陛下はお世辞にも、優しそうとは言い難いお顔をされているんですから」
 すかさずフォローを入れてくれたのはジェラルドの隣に座るオルフと、更にその隣、アリアの 斜め向かいに座る王妃レティシアだった。
「そんな風に見つめたりしたら、びっくりしてしまいます」
 美しく微笑んで、ねぇ、とアリアに向けて小首を傾げる。動きに合わせてさらりと、背に流した金髪が 揺れた。アーモンドの色をした瞳が機嫌のいい猫のように笑っている。
 同意を求めているのであろうその仕草に、お世辞にも頷くことはできなかった。ただ曖昧に愛想笑いを して返す。
(言葉遣いは丁寧だけど、王妃様………さりげなく、すごいこと言ってるよね)
 この国の王族はどうやら、一筋縄ではいかない人種ばかりのようだった。それとも、これくらいで ないと国を統べることなどできないのだろうか。
 さりげなく、共にテーブルについている面々を観察する。
 上座から順番にジェラルド、オルフ、レティシアが座り、対面には奥からエディアルドとその 妻ノーチェ、そしてギルフォードが座る。ギルフォードの隣、一番末席がアリアだ。
 初めは緊張と、テーブルマナーを必死に思い出すのとで頭が一杯一杯なアリアだったが、元々の 強気な性格が幸いして、段々と余裕が出てきた。改めて場を見渡して、ふと疑問に思う。
(第二王子がいない…?)
 皆が、当たり前のようにその席についていたから、すぐには気付かなかった。第一王子夫妻の隣に、 第三王子がいる不自然さ。そこに、第二王子のための場所はない。
(何かの用事があるにしても、一言くらいありそうだけど…)
 しかし、なんとなくそれを口に出すのは憚られるような気がした。誰にでも触れられたくない ことというものはある。あえて今ここで、アリアが言うべきことではないような、そんな風に感じた。
「アリア殿」
 会話が途切れた合間に滑り込むように、ジェラルドがアリアを呼ぶ。名前を呼ばれるのは今が 初めてではないのに、それまでとは込められたものが違うような気がして、アリアは無意識に 居住まいを正した。
「竜の巫子を引き受けてくれたこと、心から感謝する」
 そう言ってジェラルドは、ためらいなく頭を下げた。
「そんなっ、陛下…頭を上げてください」
「私が王の座を継いでから、巫子の代替わりは二度あった。今回、アリア殿が巫子に就いて 三度目となる。………平和なように見えても、この大地にはまだ竜と巫子の力が必要だ。失われれば、 あっけなく乱れる。私はそれを知っている」
 通常、竜の巫子は頻繁に代替わりするものではない。アリアも詳しく知っている訳ではないが、 この国や、他国の歴史がそれを示している。代々の巫子たちの多くが年若くして就任し、 老いるまでその務めを果たしてきた。長い例では五十年以上もの間、巫子として生きた者さえいる。
「生まれ育った町を一人離れることになって、それでも、巫子となることを選んでくれたその決意に 感謝する」
「そんな…」
 国王陛下に頭を下げられるような立派なことを、アリアはしていない。
「私はただ、自分の大切なものを守りたかっただけです。それに…」
 もう一つ、ジェラルドの言った言葉には間違いがある。
「それに、一人じゃありませんでしたから」
 アリアは一人、孤独に旅立ったのではない。カイや、ギルフォードや、オルフが一緒にいてくれた。
「だから陛下が、そんな風に頭を下げる必要なんてないんです」
「………それでも、ありがとう」
 何の飾り気もないその『ありがとう』という言葉は、どんな美辞麗句よりもアリアの心を 嬉しくさせた。






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