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「ギルフォードとカイのところにも行くの?」
「うん、そのつもりだけど…」
 あえて確認されるなんて、何か問題でもあったかとアリアが首を傾げる。
 三人にエディードの手紙を見せに行こうと思い立ってから、 まだそれほど時間も経っていないはずだ。最近の日の長さを考えると人を訪ねるにはぎりぎりの 時間帯かもしれないとは思うが、アリアの感覚としてはぎりぎりセーフのラインである。
「カイはわからないけれど、ギルフォードは…今は、忙しいかもしれない」
「何かあったの?お仕事の関係?」
 言いながらなんだか、つい最近同じような台詞を口にしたような気がして更に首が傾く。 すぐに、ああそうかと思い出した。ラーイの講義が休みになって、同じ質問をリュカに対して 投げたのだ。そのときリュカは困った顔で問いの答えを持たなかったが、オルフは考えるような、 ためらうような間の後で首を振った。
「いや、仕事ではない」
「ふぅん…?」
 よくわからないが、仕事でないというのならラーイとは別件だろうか。青竜の巫子に関わる以外の 部分、プライベートにおいて、ギルフォードとラーイが一緒にいるのはあまり想像ができない。 アリアとて二人の仲が悪いとまで思っている訳ではないが、少なくともちょっとその辺の道端で ギルフォードとラーイが談笑しているような光景を目撃したことはなかったのだから仕方ない。
 釈然としないものを残しつつ、まあいいかとアリアは気持ちを切り替えた。考えるより、 とりあえずは行動だ。
「やっぱり一応、二人の所に行ってみるね。もしかしたら会えるかもしれないし」
「…そうだね。そうするといい」
「うん。ありがとう、オルフ。お邪魔しました」
「何度も言うけれど、アリアが邪魔なはずがない。いつでも、またおいで」
 オルフに手を振って不思議な部屋を後にする。来たときとは逆に長い階段を登って、 ようやく最初の部屋にたどり着いた。この高低差、なんとかならないだろうかとアリアは 帰り道で毎回思うのだが、それはさておいて。
 廊下のシェラザードと合流して次の目的地へ向かおうとしたところで、 はたとアリアは足を止めた。
「あの…」
「いかが致しましたか、巫子様」
 フォルテはカイと相部屋で、ノアはフォルテの指導官であるということは以前カイから教えて もらった。扉を守る二人のうち、葵の花に似た色の瞳のノアの方に話しかける。立ち去りかけた アリアがわざわざ戻ってきたことに不思議そうな顔をするフォルテの隣で、ノアはそつのない表情を 崩さず応じた。
「ギルとカイって、今どうしているかわかりますか?」
 よくよく考えたらこの二人も青竜騎士団の一員なのだから、ギルフォードやカイの予定を 知っていてもおかしくない。無計画に訪問するのも悪くはないが、無駄足は少ない方が良い。
「これから会いに行こうかと思っているんですけど…」
「カイは、今日は当直の予定です。お急ぎでしたら呼び出すように致しますが?」
「いいえっ、お仕事中ならいいんです。時間のあるときで」
「でしたら、明日は当直明けで休みの予定ですよ。巫子様がお呼びだとカイに伝えておきます」
 青竜の巫子たるアリアが呼んでいるということは、イコール出頭要請を意味する。
 休みのところをわざわざ来てもらうのはカイに申し訳ないような気もしたが、今回はノアの申し出に 甘えることにした。当直だとか見回りだとか、そういった任務において、終わりの時間はなきに 等しいと前にカイから聞いたことがある。少しでも何かがあれば即残業、だ。だからアリアが 訪ねるよりもカイを待った方が確実だろうと判断し、よろしくお願いします、と言伝を頼む。
「ギルフォード様は…朝はいらっしゃいましたが」
 その後は彼らも仕事があったのでわからない、という。ノアに同意するようにフォルテも頷いて みせた。
 結局、行ってみなければわからないということだ。
 そう結論付けて、アリアは二人に丁寧に礼を述べると、青竜騎士団方面へと歩き出した。


 果たして、ギルフォードは不在だった。
「どのようなご用件ですか?よろしければ、私からギルフォード様にお伝え致しますが」
「いえその、大した用事じゃないので…」
 これに対してセイグラムは一言。
「さようですか」
 大した用事じゃないのにわざわざ訪ねてきたのか、などとセイグラムは言わない。アリアは自分で、 自分の言動にそんなことを思っただけだ。なんだか最近挙動不審というか、突っ込みどころ満載な 言動ばかりしているような気がする。
(こんなキャラじゃなかったはずなんだけどな…)
 教会にいた頃は、しっかり者のお姉さんで通っていたのに。
 周囲にエディードをはじめとした大人たちの存在はあったが、子供たちの中で一番年上であるという 自覚と責任がアリアにはあった。それがアリアを強く立たせてくれていたのだが、王都に来てからは すっかり立場が変わってしまった。国の中枢に近い場所で働いているのだという意識ゆえなのか。 ここの人たちは皆、老若男女に関わらずとてもしっかりしている。
「ギル、何かあったんですか?」
 何処かあらぬところに流れていきそうな思考をなんとか引き戻して、アリアはセイグラムを 見上げた。
 アリアの質問の意味をはかるように、アイスブルーの瞳がわずかにすがめられる。
「何か、とは?」
「ギルが今は忙しいかもしれないって、オルフが言っていたので。仕事の関係ではないけれど…って」
「さようですか…」
 さっきと同じ一言を返される。しかし、今度は何か思案するような様子で。
「…申し訳ありませんが、私の口からお伝えできることはありません」
 少しの沈黙の後の答えにアリアは肩を落とした。けれどすぐにまっすぐ顔を上げ、姿勢を正す。
 言えることと言えないこと、というものがあるのはアリアだってわかっている。 ここで落胆をするのは、ただのわがままだ。
「わかりました。いきなり押しかけてすみませんでした。また、来てもいいですか?」
 はい、と要点のみの相変わらず無駄のない返事が返ってくる。しかし見上げれば、セイグラムの 冷たい色彩の瞳がわずかに緩んで見えた。
 最近アリアはなんとなくわかるようになってきた。この変化は、セイグラムが笑っているのだ、と。
「ギルフォード様に、巫子様がいらしたことをお伝えしておきます」
「あ、それじゃああともう一つ。風邪引かないように、って伝えて下さい。 忙しいからって無理しないように」
「かしこまりました。確かに、伝言承りました」
 慇懃な仕草で、セイグラムはアリアに深々とお辞儀してみせた。


「お二人とも、お会いできませんでしたね」
 帰り道。夕日の赤はもうほとんど地平線に隠れ、空は中天に近づくにつれ、 青と藍の間くらいの色合いへとグラデーションがかっていく。そんな中を、少し早足に歩いていく。
「でも、私も思いつきで行動しちゃったから。それにオルフには会えたし、カイも、明日会えるし」
 目的の半分は達成できたと考えていいだろう。アリアも、なんとなく気分が晴れた。
 今の時間は人の往来が少ない。下働きをする者は夜の勤務がある者を除きそろそろ今日の仕事を終え、 文官たちも帰り仕度をするか、残された書類の山をやっつけるべく各々の部屋にこもっている。 喧騒は遠く、アリアとシェラザードが話す声やその足音が大きく響いて聞こえた。
 そんな中、アリアは自分の耳が拾った音に、思わず近くの窓から身を乗り出すようにして外を見た。
「アリア様!?」
 突然の行動に驚いたように、シェラザードがアリアの名を呼ぶ。ここが一階であるとはいえ、 窓から落ちたりしたら打ち所が悪ければ重大な怪我を負いかねない。肩に手を添えるようにして、 今にも飛び出していきそうな体をおさえる。
 シェラザードにつかまえてもらっているのをいいことにアリアはもう一つ体を乗り出して、 きょろきょろと左右を見回した。
 どこかから聞こえてくる音。旋律の欠片。その出所を、目を凝らし耳を澄ませて探す。
「………アリア様?」
 建物の陰からひょこりと、よく見知った頭が現れた。赤茶色をした、あちこちふわふわと跳ね回る 猫っ毛。
「…リュカ」
 ひどくがっかりしたような、残念そうな声が出てしまったことに自分でも驚く。はっと口元を おさえるアリアに、バイオリンを手にこちらへ近づきながらリュカはきょとんと首を傾げた。
「アリア様、どうしたんですか?」
「バイオリンの音が聞こえたから…」
「もしかして、僕のことを探していたんですか?」
 一瞬迷ってから、小さく頷く。アリアがバイオリンの奏者を探していたことは紛れもない事実だ。
 けれどリュカがはにかみつつも嬉しそうな笑顔を浮かべたのを見て、罪悪感に似たずしりとした 感情に襲われた。
「今日は仕事が早く終わったから練習していたんです。この辺りはあんまり人が通らないから 迷惑にならないだろうと思ったんですけど…まさか、アリア様に見つかっちゃうなんて」
「ごめんね、練習の邪魔しちゃって」
「そんな!邪魔だなんて」
 ぶんぶんと音が聞こえてきそうな勢いでリュカが手を振る。
 アリアは気付かれないように小さく、ため息を吐いた。よく聞けば、聞こえた音色があの人の音とは 違うことはわかったはずだ。それなのに、この体たらく。思い返すと恥ずかしくなってくる。
「そ、そういえば。リュカは誰にバイオリンを習ったの?」
 片手で顔の半分を隠すようにしながら尋ねてみた。一人勝手に気まずい空気をなんとかしようと とりあえずしてみた質問に、ぱちくりとリュカが目を瞬く。まさかそんなことを訊かれるなんて、 というような表情。
「最初は、母から教わりました。歌とか音楽がとても好きな人で。いつか僕と一緒に演奏するのが 夢だって、よく言ってました」
「素敵なお母さんだったのね」
 頷くリュカの頬は微かに赤く染まり、なんだか照れ臭そうだ。
「最初は…ってことは、その後は誰か先生に教わったの?」
「…ちゃんと、先生をお招きして習ってはいないんです。母が病気で亡くなって、それからすぐに、 青の宮にお仕えするようになったから」
「………ごめん。余計なこと訊いちゃったね」
 ふるふるとリュカが首を振る。
「もう、昔のことですから」
 迷いなく言い放ったその姿に、アリアは初めてリュカを強いと感じた。
 リュカはアリアの後ろに控えて立つシェラザードをちらりと見て、それからぐっと背伸びをすると アリアに顔を寄せてきた。耳元で小さく、アリアだけに聞こえるように囁く。
「実は二人目の先生、ここにいるんです。ずっと会えなかったんですけど、今度、久しぶりに 会えるかもしれなくて…」
「リュカ」
 遮るようにシェラザードが割って入る。有無を言わせない力を持ったその声に、 ただ名前を呼ばれただけだというのにリュカは弾かれるように姿勢を正して直立した。 そんなリュカを一瞥し、小さく息を吐くとシェラザードはアリアに向き直った。
「アリア様。そろそろ戻りませんと、夕餉が遅くなってしまいます」
 確かに、いつまで経ってもアリアが戻らないのでは、食事の支度をする者が困ってしまうだろう。 折角一番おいしく食べられるようにと腕を振るってくれた料理人たちにも申し訳ない。
「すみません、アリア様。お引き留めしてしまって」
 ぺこりとリュカが頭を下げる。
 シェラザードに促されて歩き出しながら、アリアはリュカを振り返った。
「また今度、バイオリンを聞かせてね」
「はい。勿論です!」
 元気いっぱい大きく頷く。そんなリュカに手を振って、アリアは再び早足に廊下を歩いて行った。






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