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「一緒にご飯食べないか、なんて突然メールがきたから何事かと思ったら」
 左で頬杖をつきつつ、右手に持ったストローでグラスの中身をかき混ぜる。溶けかかった氷同士がぶつかって、 カランという音をたてる。
「要するに自慢がしたかった、と」
 ずばり結論が下される。
「いや、自慢ってわけじゃなくて、ただ話を聞いて欲しかったというか…」
「それを自慢って言うんだよね」
 弁解しようとしたところを遮って、更に一太刀。容赦なく切り捨てられた私は、意味もなくおしぼりを両手でもてあそびながら、 向かい合って座る相手の顔を見た。
 高原結衣。私の勤めている会社の同期にして、十人程いる同期入社の女子たちの中でおそらく唯一の、私と同属性の人間。 来るもの拒まず去るもの追わずなその態度は、私にとって非常に付き合いやすい距離感で。もっとも、こんな風にわざわざ食事に 誘うなんてことはまったく初めての試みなのだが、誘いに乗ってくれる程度には良好な関係、ということなのだろう。 同期女子たちの『ねぇねぇアドレス交換しようよ』な流れにあえて逆らわないでよかったと、二年目にして初めて思った。
「ま、わざわざ人と会って喋りたくなるくらい楽しかったなら、良いことだ」
 一重の瞳を猫のように細めて笑う。吐き出す言葉は辛辣だが、高原のそれが毒をもって振るわれることはあまりない。 そんな高原だったからこそ、私も意を決してメールしてみる気になったのだ。
「それにしても…」
 ファランディーアから帰還したのが今日の昼頃。それから高原を食事に誘って、私はこのゴールデンウィークの出来事を話していた。 といっても、流石にすべて正直に告白する勇気も度胸もなかったので、異世界云々の部分はなんとか誤魔化しながらではあったのだが。
「福引で海外旅行を当てて、イケメン三兄弟の現地ガイドと観光三昧だなんて、随分とまたレアな経験だね」
 実際は更に上を行くレア経験だったのだ、なんて言っても誰も信じないだろう。私が逆の立場だったら、絶対に信じない。
「……で」
「で?」
「その髪飾りは、外国土産?もしかしてイケメンガイドからのプレゼントとか」
「なっ…!?」
 何気なくずばりと核心を突いた指摘に反射的に声をあげかけて、すんでのところで飲み込む。途端にキランと光って見えた 高原の視線から隠すように、私は着けたままだった髪飾りに触れた。似合ってると、そう言って笑ったレオンさんの顔を思い出して、 埋まりたくなるくらいの気恥ずかしさに襲われる。
「流石、外国人はやることが違うねぇ」
 にやにやと形容するに相応しい笑みを浮かべる高原をにらむが、どこ吹く風といった様子で。
「どんな人だったの、それをくれた人は?この際だから聞いてあげるよ」
 なぜか上から目線。
「話しを聞いて欲しくて、わざわざ私に声をかけたんでしょう?大丈夫。おもしろがって言いふらしたりしないから」
「それはそうなんだけど…」
 この上ない正論に、私はううんと唸った。
「唸ってないで、きりきり白状しなさい」
 警察に自白を迫られる容疑者の心境とはこんな感じなのだろうか、なんて変なことを考えつつ。
「………レオンさん、は」
 貧困なボキャブラリーの中から、脳みそをフル回転させて最も適した単語を検索する。



「なんていうか、ボディブローみたいな人、かな…」
「………なにそれ?」
 思い切り変な顔をされてしまった。



「そこは、段差があるから気をつけなさい」
 振り返ったレオンさんが、言葉と共に手を差し伸べてくる。反射的にその手を取った私は、恭しい様子でエスコートされながら、 レオンさん曰く気をつけるべき段差をひょいとひとまたぎした。
 すぐに手を離して、しかし私の横にぴったりとくっついたままで歩くレオンさん。私の視線に気が付くと、わずかに首を傾げて 微笑んだ。
「歩き続けで疲れただろう。もう少し行ったところにお茶の用意をさせているから、そこで休憩にしよう」
 王子様方との三股デートを始めて、そろそろ昼頃になるのだろうか。言われてみれば確かに、部屋を出てからこれまでずっと 歩き詰めだった。といっても城内見学の方がメインだったので、実際にはたいした距離を歩いた訳ではないのだが。
 バーベキューくらいできてしまいそうな広さのテラスには椅子とテーブルが設置され、先ほど私の着替えを手伝ってくれた メイドさんの一人が、クロスやティーセットなどを手際よく整えていた。席についていいのだろうかと様子をうかがっていると、 すっと椅子が引かれる。
「どうぞ」
「あ、はい…」
 レオンさんに導かれるまま椅子に腰かけると、見計らったようにメイドさんがもう一人、小さなワゴンを押して現れた。 良い香りのする紅茶と、盛り付けにまでこだわった可愛らしいケーキとが、あっという間に人数分用意されていく。 仕事を終えたメイドさんたちは、一礼を残してテラスの出入り口まで下がっていった。
 いただきますと心の中で手を合わせて、紅茶のカップに口をつける。続いて、ケーキに手を伸ばした。
「美味しい…!」
 やはり、滞在中の食事はかなり期待できそうだ。
 もう一口ほおばって、思わずほにゃりととろける。
「マナカは、甘いものは好きか?」
「あまり頻繁には食べないですけど、好きです。自分で制限しないと、いくらでも食べちゃうんですよね」
 喋り終えて、更に一口。
 隣と向かいと斜め向かい、三方向からじっと観察されているのには気づいていたが、そんなことでは今の私は止められない。 コンビニスイーツ以外でケーキを食べるのは、随分と久しぶりだった。
「本当に可愛いなぁ、マナカは。俺の分も食べるかい?」
 対面に座るフェルローさんがケーキの刺さったフォークをひょいと差し出してくる。『はい、あーん』とでも言いたげなその行為に、 一瞬息が詰まる。
「………いえ、遠慮しておきます」
 のどに詰まった諸々を紅茶で飲み下して、ようやくそれだけを絞り出した。
「それは残念」
 などと言いながら、たいして残念でなさそうに見えるのはおそらく私の気のせいではないだろう。
「…フェルロー」
「なんだクライス。その、俺を非難するような目は。うらやましいならお前も真似すればいいだろう」
 何を真似するんだ、何を。
 口には出さずに激しくつっこむ。
 兄二人と比べると、クライスさんは比較的、距離をもって私に接してくれる。あまり近い距離感で人と接することに慣れていない 私にとって、それは一時の安らぎにも似たものなのだ。そんな貴重な存在であるクライスさんに、変なことを吹き込まないで欲しい。
 しかしそんな要望を実際に口にできるはずもなく。
 フェルローさんにどんな反撃をされるかわからない、いや、むしろなんとなく反撃の内容が予想できてしまうからこそ逆に、 私は貝になった。目の前の二人のやりとりを完全に無視して、食べることのみに集中する。
 黙々と、ケーキに添えられたクリームまで綺麗さっぱり平らげて、紅茶を飲む。一息ついたところでふと隣から名前を呼ばれて、 何も考えずに振り向いた。
「マナカ」
「はい…?」
 すっ、と。私の顔に伸ばされる腕。大きな手のひらが頬に触れ、指が、唇の端を撫でるように動く。
「クリームが付いている」
 そしてそのままその指を、自分の口までもっていき。
「………え?」
「ん?どうした」
「………あ、いえ………ありがとうございます…」
 例えば、肩に付いていた糸くずを誰かに取ってもらったとすれば、そこはありがとうと言うべき場面だろう。レオンさんは厚意で、 私がいい大人のくせにクリームなどくっつけていたのをとってくれたのだから、今回だってありがとうで間違いないはずだ。 親切心と、感謝の心。何の問題もない。
「………」
 いや、やっぱり問題あり、だ。
 一連の行動があまりに自然に行われたので私もうっかり納得しかけたが、今のは問題だろう。
 口についていたクリームをとってくれるだけならまだいい。が、それをぱくりとやられてしまうと、なんというかちょっと。
「…っ!?」
 後から後から、羞恥心が湧きあがってくる。今、鏡を見たらおそらく、茹でダコのように真っ赤になった私が映っていることだろう。 それくらいに、顔が熱い。
「どうしたマナカ?顔が赤い」
 熱を計ろうとするように私の額に手を触れた、心配げなレオンさんの顔に至近距離からのぞきこまれる。 追い打ちをかけるようなその仕打ちに、とうとう私は沈没した。



「なんていうか…」
 あの時のことを思い出して、茹であがりそうになる頭をなんとかなだめながら続ける。
「すごく自然なのよ。本人にとっては当たり前で、いたって普通の行動なの、多分。だから私も普通に受け取りそうになるんだけど」
「………それは、普通の定義がまず、ずれているよね」
「で、そのことに後で気が付いて、じわじわと効いてくると」
「それでボディブロー…」
 なんて恐ろしい人なんだ。
 やけに重々しい高原のつぶやきに同意するように、グラスの中で、氷がカランと音をたてた。






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