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 シンプルなデザインの文字盤にこげ茶色の革のバンド。針を動かすねじのすぐ下にあるボタンを押しながら、 キーワードを口にする。次の瞬間、日本人の身体的特徴と言える黒髪と黒目が鮮やかな青色に変化した。頭の上には同じく 青いねずみ耳が。そして、青のつなぎへと服装が変わる。最後に俺はかけていたメタルフレームの眼鏡を外すと、 ケースに入れて他の荷物と共に山田太郎の部下に預けた。
 日常に支障をきたすレベルに近眼で、しかも体質的にコンタクトレンズが合わないためにずっと眼鏡で過ごしてきた俺だったが、 ねずブルーとして活動しているときは装置の効果か眼鏡なしでもよく見えた。筋力や瞬発力が向上するだけでなく視力までもが 回復するとは、『変態ウォッチ』なんていうセンスの欠片も感じられないネーミングに似合わずすごい技術力だと思う。
 もはや俺にとって顔の一部となっている眼鏡をなくして、更にくしゃくしゃっと無造作に髪型をいじる。前髪を上げているか 下ろしているかだけでも人の印象というものはかなり変わる。全体的なカラーリングも変わり、イメージチェンジとしては 大成功なんじゃないだろうか。
 そう、イメージチェンジ。
 ねずブルーなったからといって、俺は変装をしている訳ではない。だから初めて招集を受けたときは内心動悸がすごかった。
 後を追うようにして正義のヒーローになっただなんて、兄さんに知られたら一体なんと釈明すればいいのか。 どうやって誤魔化そうか。山田太郎に連れられて集合場所まで移動する間中、ずっとそんなことを考えていた。
「………ふっ」
 そのときのことを思い出し、思わず笑う。
 しまったと思った。
 招集場所へと移動するため、狭いエレベーターの中にねずレッドと二人きりの現状。 今、俺が笑ったことは確実に気付かれただろう。
「っおいこら…!」
 俺の斜め前方、エレベーターの制御盤の前に立っていたレッドが振り返ったその瞬間、ちょうど運よく、 目的地に到着したことを告げる機械音が鳴り響く。
「お先に」
 これ幸いと先手を取ってエレベーターを降りる。つい先日、怒りに駆られてイエローとピンクを怯えさせてしまったばかりだ。 他のメンバーと合流さえしてしまえばレッドもそれ以上は追及してこないだろう。
 追い越しざまにちらりとレッドの顔を窺い見る。ほんの一瞬だけ絡んだ視線には、隠しきれない苛立ちが見えて。
 しかしレッドは何も言わず、ただ背後でちっと舌打ちする音だけが一度、聞こえた気がした。



 結論から言うとレッド、つまり兄さんは、ねずブルーの正体が俺であることに気が付かなかった。
 もしかしたら似ているな、くらいには思ったのかもしれないが、初顔合わせのあの時、五百旗頭暁が五百旗頭黎に接する時とは まったく異なるフレンドリーな態度で、レッドはブルーに笑いかけてきた。実に良い笑顔で、さっと握手を求められたことは 今でも強く記憶に残っている。
 耳付きの真っ赤な風貌ではあったが、久しぶりに見るその笑顔に感動し、胸が熱くなると同時に思わず鼻から鮮血が こみ上げそうになったものだ。
「おい、大丈夫か。どうした。具合でも悪いのか?」
 襲いくる衝動はなんとか耐えきったものの、鼻に手をやり顔を背けている俺を不審に思ったのだろう。レッドが微かに眉をひそめて 俺の顔を覗き込む。
 友好的な笑顔に続き、心配そうなこの表情。
「……あんたには関係ないことだ」
 反射的に、そんな言葉を口走っていた。
「ぁん?なんだって」
「関係ない、と言ったんだ。仮に俺に何かあったとして、それをあんたに報告する義務はない」
「はぁ?」
 一転して、レッドが不愉快そうな顔になる。
「あんたたちは敵と戦うために、忙しい時間を割いてわざわざこんな場所に集まっているんだろう。作戦はたててあるのか? 挨拶なんてする暇があるなら、その時間を少しでも戦闘の準備に充てるべきだ。戦いに臨む以上、俺は負ける気はないぞ」
 するりとレッドをかわす。釈然としない様子を残しつつもレッドは、俺の言ももっともだと思ったのか、 その場はこれにて落着した。
 ブルーが実の弟である五百旗頭黎だと気付かれていないのなら、そのままブルーとしてレッドと有効な関係を築けばよかったのに と、あの時のことを思い返しつつ考えることがある。
 しかし思うのだ。あのとき俺は、レッドに笑顔を返すことをしなかったのではなく、できなかったのだろうと。照れ隠しだとか、 ついいつものように意地悪したくなってしまったからだとか、考えられる理由は色々とあるが、一番大きな理由は、おそらく ねずブルーへの嫉妬だったのだろう。五百旗頭黎ではどうあがいても手に入れられないものを、ねずブルーはいとも簡単に 手に入れてみせた。ねずブルーは自分自身なのだと、頭ではわかっていても感情が納得してくれなかった。
 そんな訳でレッドとは、水と油のような関係という、戦隊ヒーローものにおいてお約束と言えそうな間柄となっている。だが、 それもまた良しだ。正義のヒーローねずレッドとしての、兄さんの新たな一面をこうしてとっくりと観賞することができる。
「今日はいつも以上に厳しい戦いになるだろうから、皆、心してかかってくれ」
 山田太郎の声に、俺の意識は現実へと引き戻された。メンバー全員揃ったところで、マイキー・モーセが宣戦布告で 指定してきた場所に移動している最中だった。
「いつも以上にって…何かあるんですか?」
「奴が、今回通告してきた場所がな。ちょうど遊園地の真下なのだ」
「遊園地?」
「ああ、遊園地だ」
 重々しく頷いて、山田太郎が告げた遊園地の名前。忘れもしない。それは幼い日の思い出の中の、あの遊園地だった。
「そうか…。それじゃあ、気合い入れないとな」
 気炎を吐くレッド。それに首肯する。
「そうだな。負けられない」
 まさか俺がこのタイミングで、こんな発言をするなどと夢にも思っていなかったのだろう。 レッドが驚いたように振り向いて俺を見る。
「お前…」
「絶対に勝つ。そうだろう?」
 本当に兄さんは馬鹿だな。
 そんな、兄さんに聞かれたら確実に怒らせてしまいそうなことを思う。
 兄さんにとってあの遊園地が大切な場所であるように、俺にとっても、あそこは思い入れのある場所なのだ。 少なくともオタクの変態宇宙人にくれてやっていい場所ではない。
 だから俺がレッドと同じように守りたい、と思っても、何らおかしなことはないのだ。
「…ああ。絶対に勝つぞ」
 驚きの顔はすぐにほころび、レッドが俺に向かって笑う。それはあの初対面のとき以来の、 何の反目もないまっすぐな笑顔だった。



 危ないと、思った瞬間には体が動いていた。
 思い切り投げつけたひのきの棒は対峙していた二人の横を通り過ぎ、今にもレッドに襲いかかろうとしていた背中に直撃する。 ぐらりと傾いだところに一撃、すかさずレッドが止めを刺す。それを見届けて、俺はほっと胸を撫で下ろした。
 兄さんが、誰かに膝をつくところなど見たくなかった。兄さんはヒーローなのだ。ヒーローが負けるなんて、そんなこと、 絶対にあってはならない。たとえそのために俺自身を犠牲にしたとしても。
 素手での防御は認められているが、攻撃の際には必ずひのきの棒を用いるのがこの戦闘のルールだ。丸腰になり、 攻撃の手段を失った俺に、今が好機と一斉に敵が襲いかかってくる。防御に徹するが、さすがに分が悪かった。追い詰められ、 ライフポイントを削られていく。そして俺のライフポイントの最後の一つを敵の持つひのきの棒がとらえた、そのとき。 パシンパシン、と乾いた音が二度響く。反撃はおろか、ろくな抵抗もできないままに目の前の二人が地面に膝をついた。
「………」
 電光石火で俺の前の敵を仕留めたレッドを見上げる。レッドは、ライフポイントゼロの状態で無様に座り込んでいる俺を 見下ろしていて。
 無言で身を翻すレッド。敵に囲まれ苦戦しているイエローの元へと走るその背中を、俺は恍惚として見つめた。 すぐにイエローと合流し、その背に庇いつつひのきの棒を振るう。レッドが動けるようになったことで戦況が一転した。 イエローと対峙していた二人を瞬く間に叩き伏せると、今度はピンクの救援に向かう。
 やはり、兄さんは格好いい。
 しみじみと噛みしめるようにそう思う。そして、そんな兄さんの勇姿をこうして目におさめることができる幸運を、 誰でもいいから手当たり次第の神仏に感謝したい気分だった。



「さぁさぁさぁ遠慮なく飲んで、遠慮なく食べたまえ!」
 興奮冷めやらぬ様子の山田太郎が泣きながら叫んでいる。手に持ったティーカップを、一番近くにいたピンクのそれに がちゃりとぶつけた。
「皆の勝利に乾杯だ!」
 皆、じゃない。兄さんの勝利だ。
 いつものように少し離れたところでそれを見ながら、心の中で訂正を入れる。
 兄さんがいなければ今回の戦いには勝てなかった。
 何食わぬ顔で紅茶を飲みつつ兄さんの活躍を思い出して密かににやりとした、そのとき。
「お疲れさん」
 思い描いていた張本人である兄さん、いや、ねずレッドが俺の隣に座った。想定外の事態に、ぽかんと間抜け面になる。
「助かったよ。ありがとな、あのときフォローしてくれて」
 あのときというのはおそらく、レッドを助けるべく俺がひのきの棒を投げつけた、あのときのことを言っているのだろう。
「…俺よりも、レッドが生き残った方が戦いに有利だろうと思ったからやっただけのことだ。わざわざ礼を言うようなこと じゃない」
 勝つために必要であれば何だってする。一面においては正しいが、そこには若干の嘘も混じっていた。 例えチームが勝ったとしても、そのために俺が膝をつくなど耐え難い。今回の行動はすべて、守るべき相手がレッドだったから したことだ。
 しかしそんな内心などおくびにも出さず、何食わぬ顔で建前を口にする。
 苦手な相手であるはずのねずブルーに対しても謝辞を述べる、そんなレッドの微笑ましい律儀さに顔がぴくりと 反応してしまいそうになるのを隠すため、いつも以上に素っ気ない風を装った。
「それでも俺が助けられたのは事実なんだ。礼くらい言わせろ」
「ああ…」
 いつもであれば、この時点で引くはずのレッドはしかし引き下がろうとはしなかった。隣の席に座ったまま、 俺と会話を続けようとする。
 想定外の連続に、動揺した。
 そしてそんな俺の隙をこんなときばかり敏感にレッドが嗅ぎつける。
「あれ、お前もしかして……照れてる?」
「………」
 照れてなどいないと。すぐさまそう返せばよかった。しかし厄介なことにこの距離の近さに本気でどきどきどぎまぎしてしまった 俺に返すことができたのは、ただ沈黙のみだった。
 そんな俺を見て、レッドが輝くばかりの笑顔になる。
「照れてるんだろ?」
 顔が近い。鼓動が高まる。目の前のその顔を直視することができずに目をそらした。
「そうかそうか、照れてるのか」
 ひどく楽しそうな声音が俺の鼓膜を震わせる。
「なんだ、お前も結構かわいいとこあるんじゃないか」
「………っ!?」
 ぐいと抱き寄せられた肩を、ばしばしと叩かれる。親しげなんて表現を一足飛びに飛び越して、一気に距離を詰められる。 くらりと一瞬眩暈がした。体中の熱が、顔に集中するような感覚。限界だった。
 椅子ががたんと大きな音をたてるのも構わずに立ち上がる。片方の手で体を支えて、もう片方は顔を覆って。 赤くなっているであろう顔を隠すためと、もう一つは、今にもあふれそうな熱き血潮を堪えるためだ。 こんなところで流血沙汰を起こす訳にはいかない。
「おい、どうした?」
「………き、今日は、先に失礼する………」
 なんとかそれだけしぼり出して、よろけそうになる足を叱咤しながら歩く。レッドだけでなく他のメンバーの視線までもが 深く背中に突き刺さっているのを感じる。しかし、それを気にするだけの余裕は今の俺にはなく。
 ほうほうの体で人気のない廊下へと避難した俺は、寄りかかるようにして壁に背中を預けた。
「あの笑顔は反則だろ、兄さん…」
 未だどきどきいっている心臓をなだめるように、服の上から胸に手を当てる。
 まずいかもしれないと思った。
 ねずブルーが、ねずレッドに懐かれてしまったかもしれない。
 それは一見どこにも問題がない、それどころか歓迎すべき事柄のように思える。確かに好意を向けてもらえることは嬉しい。 嬉しいのだが、しかし。
「これじゃあ俺の体がもたないぞ………」
 俺にとっては、結構深刻な事態なのだった。






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