大きな仕事を終えて、一息つこうとしたところで司令官から呼び出しがかかった。ちょっと出てくると部下に言い置いて道を急ぐ。 途中で車に拾ってもらい、中継基地へ。
「ちょうどタイミングがよかったぜ」
 運転席の男に話しかける。あと少し、呼び出しが早かったら今回は戦闘に参加できないところだった。
 乗りつけた基地はもう何度も訪れたことのある場所で、勝手知ったるその廊下を、案内なしに進んでいく。歩きながら、 派手なゴールドの腕時計についているボタンを押して、囁くようにつぶやいた。
「変態」
 寒いような暑いような、なんとも言えない感覚が体の中を走り抜けて、消える。その一瞬で俺の体がねずレッドへと変化した。
「よっし、テンション上がってきたぜえっ!」
 たまらない高揚感に吠える。
 決戦の舞台である地下に下りるべく、エレベーターホールまで意気揚々とやってきたところで、ちょうど向こうから歩いてきた ブルーと鉢合わせた。
「どうも」
「お、おう…」
 それきり、言葉が続かない。ブルーも何も喋らない。気まずい沈黙。
 せっかく上がったテンションが果てしなく下降線を辿ろうかとしたところで、チーン、とエレベーターの到着を告げるのんきな音が ホールに響き渡った。ブルーよりも俺の方がエレベーターの近くにいたため先に乗り込み、ドア脇のスペースに立つ。 その後から乗ってきたブルーは、俺の斜め後ろの角に立った。
「………」
「………」
 立ち位置とシチュエーションが変わったところで話が弾むわけもなく。逆に密室度が増しているせいで、さっきよりも 気づまりな空気が狭いエレベーターの中に淀む。
「………」
「………ふっ」
「…!?」
 笑った。
 今、確かに聞こえた息遣い。笑ったとしか思えない。
「っおいこら…!」
 今度こそ我慢ならないと振り返ったところで、またしてもチーンとのんきな音。それと共に、エレベーターが停止する。 すっとドアが開いた。
「やぁ、ねずレッドにねずブルー。二人一緒だったか」
 朗らかな声に出迎えられる。きらりと光る白い歯をのぞかせながら、司令官が手を振って挨拶してくる。
「お先に」
 つい気がそがれた俺を置いて、さっさとブルーが動いた。エレベーターから降りる瞬間、すれ違いざまにちらりと視線を 投げてくる。笑みを含んだその視線。
 歩いていく背中に向かって舌打ちをして、俺は速足でその後を追いかけた。



「今日はいつも以上に厳しい戦いになるだろうから、皆、心してかかってくれ」
 ピンクとイエローとも合流して、メンバー全員そろって宣戦布告のあった場所へと移動する。その途中でふと司令官がそんなことを 言った。
「いつも以上にって…何かあるんですか?」
 イエローが質問する。
「奴が、今回通告してきた場所がな。ちょうど遊園地の真下なのだ」
「遊園地?」
「ああ、遊園地だ」
 そして司令官が告げたのは、俺にとって、とても思い出深い場所の名前だった。生まれて初めて、家族で遊びに行った 遊園地の名前。
「この遊園地では、よく戦隊ヒーローのショーが行われているんだ。皆も知っている通り、マイキー・モーセは 日本のエンターテイメントを自らのものとすることを目的としている。そんな奴にとって、どうしても押さえておきたい場所と いうことになるだろう」
「そうか…。それじゃあ、気合い入れないとな」
 幼い日にあの遊園地でヒーローショーを見たこと。
それが、俺が特撮ヒーロー好きになるきっかけだった。思い入れがあるのはマイキー・モーセばかりではない。
「そうだな。負けられない」
 俺の発破に同意したのは、意外なことに俺たちから離れるようにして少し後ろを歩いていたねずブルーだった。
「お前…」
「絶対に勝つ。そうだろう?」
 まっすぐ俺と目を合わせて、ブルーが笑う。それはいつもの嫌味な笑顔ではなく。
「…ああ。絶対に勝つぞ」
 自然と、俺の顔にも笑みが浮かんだ。



 背後に感じる気配。視線は正面に置いたまま、すっと左半身を後ろに引くと掲げた左腕で衝撃を受ける。俺のライフポイントは あと右腕と背中の二つ。下手に避けて隙を作るよりも、空いた左手で防御する方を選んだ。真剣勝負ではあるが、所詮武器は 柔らか素材のひのきの棒。うまく受け流せばたいしたダメージもない。俺に攻撃をかわされて体勢を崩した敵の、その肩口に くっついているライフポイントに向かってひのきの棒を振り下ろそうとしたところで正面のもう一人が突っ込んできた。 今度は下がって、それをかわす。今相手にしている二人と、少し離れたところにいる一人と。合計三人と、 間合いを取ってにらみ合う。
 司令官の予想は見事に的中した。今、俺たちは苦戦している。
 メンバー四人の俺たちに対して数を頼りに戦いを挑んでくることの多かったマイキー・モーセだったが、今回は少し様子が違った。 多数でかかるという構図は同じなのだが、これまでと違って、力押しではなくきちんと作戦を立ててきているらしい。俺たちも 警戒はしていたのだが、見事バラバラに分断されてしまった。
「みんなは無事か…?」
 油断なく見回せば、それぞれ的に取り囲まれて悪戦苦闘している仲間たちの姿が視界に入る。ブルーはなんとか応戦している ようだが、イエローとピンクは押され気味だ。特に、まだ仲間に入ったばかりで実戦経験の少ないイエローはライフポイントを 残りあと一つまで減らされて、その一つも今にも奪われそうな状態だった。
 このままではやばいかもしれない。なんとか、状況を打開しなければ。
 呼吸を一つ。ひのきの棒を強く握り、地面を蹴る。前方の二人。一人は左肩に、もう一人は腹にライフポイントをつけている。 その腹の方のライフポイントを狙って、走る勢いそのままにひのきの棒をなぎ払う。手ごたえあり。返す刀で、もう一人の肩にも 切りつけた。これで二人。しかし二人目を仕留めた瞬間、刺し違えるように繰り出された攻撃が俺の右腕に当たった。 俺のライフポイントもあと一ポイントとなる。そこに、最後の一人が飛び出してきた。
「…っく!」
 やられる。そう覚悟をした、そのとき。
「うぁっつ!?」
 勢いよく飛んできた何かが、敵を襲う。俺へ攻撃しかかっていた三人目は背後からの思わぬ襲撃に直撃され、よろけた。 一足先に体勢を整えた俺が、すかさず一撃を入れる。
 俺を助けてくれた物が何であったのかはすぐにわかった。地面に転がるひのきの棒。顔を上げれば、丸腰のブルーが敵二人を相手に なんとかその攻撃をかわしているのが見える。
「あいつ…っ!」
 ブルーの棒を拾い上げると、走った。
 一対二で、反撃もできない状況では、さすがのブルーも避け続けることは困難だ。一つ、二つとブルーのライフポイントが 奪われていく。追い詰められたブルーに止めを刺すべく、敵がひのきの棒を振りかぶる。自身の勝利を確信した瞬間の、 無防備な後ろ姿。その背中めがけて、俺は棒を振るった。続けざまに二度、振り下ろす。敵が装着していたライフポイントが それぞれ、乾いた音をたてて弾ける。
「………」
 すべてライフポイントを奪われた状態で、地面に座り込んでいるブルーと視線が絡んだのはほんの一瞬で。
 俺はすぐに身を翻すと、新たな敵を求めてイエローとピンクの救援に向かった。



「一時はどうなることかと思ったが…いや本当に、皆よくやってくれた!」
 うおおっとおたけびを上げながら男泣きする司令官。
「今日の勝利は華々しい歴史の一ページとして、永遠に皆の記憶に刻まれることだろう!」
 例によって、いつもの祝賀会。なのだが今日は若干いつもと違うような気がする。
「この記念すべき日を祝うために今日はちょっと奮発してみた。茶葉も茶菓子も、すべて最高級の品だぞ。さぁさぁさぁ遠慮なく 飲んで、遠慮なく食べたまえ!ご希望ならば酒もあるぞ。あぁ言うまでもなく酒に関しては、イエローは飲んでは駄目だからな」
 興奮状態でさっきからひたすらに喋り続けている。もっとも、司令官が興奮する気持ちもわからなくはなかった。それくらい、 危ない勝負だったのだ。
 俺は自分のティーカップと皿をそれぞれ両手に持つと、ブルーのとなりの席へと移動した。
「お疲れさん」
 声をかけつつ座る。
 ブルーは意外そうな、驚いたような顔をして俺を見た。
「助かった。ありがとな、あのときフォローしてくれて」
「…俺よりも、レッドが生き残った方が戦いに有利だろうと思ったからやっただけのことだ。わざわざ礼を言うような ことじゃない」
「それでも俺が助けられたのは事実なんだ。礼くらい言わせろ」
「ああ…」
 いつもクールに、言いたいことを言っているイメージのあるねずブルーにしては珍しい空返事。うろうろっと視線がさまよう。 瞬間、ぴんときた。
「あれ、お前もしかして……照れてる?」
「………」
 ブルーは答えない。
 しかし無言の中に、どことなく動揺の気配を感じる気がする。
「照れてるんだろ?」
 顔を近づけると、ふいと目をそらされた。新鮮なその反応に、なんだかうきうきと楽しくなってくる。
「そうかそうか、照れてるのか」
「………」
「なんだ、お前も結構かわいいとこあるんじゃないか」
 完全にテンションの上がった俺は、ブルーの右肩を右の手でぐいとつかむと、力の加減なくばしばし叩いた。
「………っ!?」
 突然、ブルーが立ちあがる。テーブルの上に片手をつき、もう片方の手で顔を隠すように覆っている。その眉間には、 微かなしわが。
「おい、どうした?」
「………き、今日は、先に失礼する………」
 くぐもった声でそう言い置いて、何事かと注目する俺を含めた一同をちらりと見ることもせずに部屋を出ていくブルー。 初めて見る、余裕のないその雰囲気。
「ブルー、どうかしたんですか?」
「いや…」
 尋ねてくるイエローに返事をしつつ。
 今にもにやにやと笑い出しそうになる衝動を、俺は必死の思いで堪えていたのだった。






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