綺麗に舗装された石畳を雨が叩く。ぱらぱらと、無数に降り注ぐ雨粒たちは、地面にぶつかると、
更に小さな雫となってはじけた。
「最悪…」
大きく枝を広げた木の下で雨宿りをしつつ、その景色を見つめていたアリアはつぶやくと、
ため息をついた。
朝から雲行きが怪しかったから、もしかしたら雨が降るかもとは思っていたが、
なにもこんなタイミングで降らなくてもいいのに、と空をにらみつける。だが、
いくらアリアがにらんだところで雨が止む訳もなく。
アリアは再び、力一杯ため息を吐き出した。
頼まれた買い物を済ませた帰り道、急に空が暗くなったかと思ったら、あっという間にこれだ。
アリアにできたのは、咄嗟に雨宿り先を探すことだけだった。
走って帰ることもできなくはないが、町の中央にあるこの広場から、アリアの住む教会までは
結構な距離がある。帰り着く頃にはずぶ濡れになっている可能性が高い。
辺りには、アリアと同じく突然の雨に足止めされた人々がちらほらと立っている。
ばしゃばしゃと足音を響かせて、また一人不運な被害者が逃げ込んできた。アリアの隣に
するりとおさまり、肩に付いた雫を払う。
(すごい…。青みがかった銀髪なんて、初めて見た)
目に飛び込んできた色彩に魅せられて、思わずしげしげと眺めてしまう。
不躾な視線に気が付いたのか、アリアの方を振り返る。アリアよりも頭一つ分低い場所から、
金色の瞳が見上げてきた。
それは、恐ろしく綺麗な少年だった。造作の一つ一つ、どれをとっても非の打ち所がない。
高名な芸術家の手による作品なのではないかと疑ってしまうほどに、人間離れした美しさだ。
思わず、あんぐりと口を開けて見入ってしまう。
「こんにちは」
一瞬、自分が話しかけられたことに気付かなかった。
はっと我に返り、慌てて挨拶を返す。
「こ、こんにちは…」
「あなたも雨宿り?」
子供らしくない、落ち着いた物言い。
「ああ、うん。いきなり降られちゃって」
答えて、空を見上げる。相変わらずどんよりとして、雨の止みそうな気配は感じられない。
「ほんと、最悪」
苦々しい気持ちを隠そうともせずに言い捨てる。
「…雨、嫌い?」
「嫌い」
ぽつりと、少年が訊いてくる。
アリアは微塵もためらうことなく断言した。
「雨は大嫌い。………大切なもの、みんな奪っていくから」
最後に付け加えた言葉が少年に届いたかどうかはわからない。どのみち、
聞かせる必要もないことだ。
「…そっか」
少年がうつむく。
その横顔がとても寂しそうで、なんだか悪いことをしてしまった気分になる。
別に少年を責めるつもりはなかったのだが、強く言いすぎてしまったかもしれない。
大人気なかっただろうか。
綺麗な顔がしゅんとしていると、何かしてあげなければいけないような気になる。
加えて、アリアは子供に弱かった。自分より小さい者や弱い者が困っているのを見ると、
ついつい構ってしまう性質なのだ。
少し考えて、アリアはすっと息を吸い込んだ。
決して大きくはない、けれどよく通る声で歌い出す。
それはありふれた童謡だった。誰もが小さな頃に一度は聞いたことがあるような、
懐かしいメロディー。明日は晴れるといいねと、そんな願いをこめて、親から子へ、
子から孫へと歌い継がれるもの。
一節歌い終えて、アリアは少年の頭を撫でた。その場にしゃがみ、目線を合わせて、微笑む。
「元気出して」
何か、とても驚いたような、少年の瞳がアリアを見つめる。
ざわざわっと、周囲の空気が動き出した。
「雨、止んだぞ…」
いつの間にか、空を厚く覆っていた雲が姿を消していた。切れ切れに残った、
雲間から差し込む日差しが、水たまりできらきらと反射している。
「私、帰らないと」
少年が気にはなったが、アリアも暇ではない。おやつにケーキを焼くための、
小麦粉を買って返る途中だったのだ。もう既に随分と時間をくってしまった。
小さな子たちが待ちかねて、そろそろ騒ぎ出している頃かもしれない。
最後に一度振り返って、少年に手を振る。
「じゃあね」
そして、アリアは少年に背を向けて走り出した。
「ただいま」
町の東側、住宅地の中央にある教会。人々を押しのけて建てられたのではなく、
教会の周りに人が集まることで、自然とこのような立地になった。それだけ、
住人に親しまれているということだ。
正面を回り込み、裏手にある通用口の扉を開ける。
奥から、ぱたぱたと足音をたててエプロン姿の少女が現れた。てっぺんで結い上げた茶色の髪が、
動きに合わせてふわふわ揺れる。
「モニカ、ただいま」
「おかえりなさい。雨、大丈夫だった?」
「うん。ぎりぎりで雨宿りできたから」
こっちもなんとか死守できたよ、と手に持った買い物袋を掲げてみせる。
「あ、アリア帰ってきた!」
「遅い!どこまで買い物行ってきたんだよ」
「ケーキ早くぅ」
モニカの後に続くように、わらわらと子供たちが現れる。
「今作るから、もう少し待ってなさい」
「あんたたち、部屋の片付けは終わったの?ちゃんと片付いてなかったら、おやつ抜きにするよ」
アリアが大げさに脅かすと、子供たちがやばいっ、と口々に叫んだ。踵を返して、
我先にと走り出す。
「アリアの鬼ばばあ!」
「ルーク、何か言った!?」
きゃいきゃいと騒々しい音を撒き散らして、再び奥へと消えていった。
「まったく、元気ねぇ」
腰に手を当てて、モニカがため息をつく。
「ま、暗いよりはずっといいよ」
切実にそう思った。
シスターなどといった役目を持った者たちを除き、教会に住んでいるのはアリアやモニカを含めて、
皆が親を亡くした子供たちだ。何がしかの理由によって身寄りをなくした子供は教会に引き取られ、
一人で生きていけるようになるまで面倒を見てもらう。教会は信仰の場であると同時に、
人々の生活を保障する役割を持っているのだ。
孤児たちの中でアリアは最年長の十七歳であり、モニカは次いで十六歳、その下は十歳前後の
子供たちだ。シスターたちもそれぞれが自分の仕事を持っているから、下の子の世話は必然的に
年長のアリアたち二人が中心となって行っていた。
今でこそ、うるさいくらいに元気な子供たちだが、教会に引き取られたばかりの頃は
こうではなかった。
毎日泣き暮れる子。一言も喋ろうとしない子。まったく食事をとらない子もいた。
そんな姿を見るよりは、今の方がずっとよかった。
同情心だけではない。子供たちの姿は昔の自分の姿であり、その悲しみは
アリア自身の悲しみでもあった。見ていると、とうに乗り越えたはずの過去を思い出して、
つらいのだ。
「さ、モニカ。早くケーキ作っちゃおう」
「そうね。みんなが片づけを終わらせる前に焼かなきゃ」
お互いに顔を見合わせて、笑う。
二人並んで、早足に厨房へと歩き出した。
教会の朝は早い。
夜明けと共に起き出して、一般の人たちが利用する礼拝堂や門前を掃除する。
それが終わるとようやく朝食となり、食事の後は、今度は祈りの時間だ。
祈りとは、感謝の気持ちだという。日々の生活を守ってくれてありがとうという、
気持ちを表す行為なのだそうだ。
その一環として、教会には聖歌隊が置かれている。有志の人たちと教会の子供たちが集まって、
感謝を捧げる歌を歌うのだ。
正直なところ、アリアは聖歌隊が好きでなかった。
強制されるわけではないが、教会に属する者は当然参加するものという慣習がある。
あえてそれに逆らって、不要な騒ぎを起こすことを嫌って黙ってはいるものの、
本音の部分ではボイコットしたいといつも思っている。
歌が嫌いなわけではない。むしろ逆で、歌うこと自体はとても楽しい。嫌なのは、
聖歌隊として歌うことだ。
普段は居住スペースに近い一室で歌を練習しているのだが、週に一度、
礼拝に訪れた人々の前で聖歌を披露することになっている。今日はちょうどその日だった。
朝の苦行を終えて、儀礼的な装飾の施された揃いのローブを着替えていると、
部屋の扉が慌ただしくノックされた。返事も待たずに、勢いよく開けられる。
「アリア、いる!?」
「マナさん?」
比較的年の若いシスターが飛び込んでくる。いつもそそっかしいところのある彼女だが、
今日は特に落ち着きがない。
モニカと二人、思わず目を見合わせる。
「あ、アリア…。あなたに、会いたいって方が………」
息を整える暇すら惜しいとでも言うように、勢い込んでマナが口を開く。
「私に?一体誰が?」
次の瞬間、耳を疑うようなことを叫んだ。
「我らが青き竜、ヴォルフハルト様よ!」
「………………はぁ!?」
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