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 確かに存在しているのに、誰もその姿を見ることはできない。
 ただ揺れ動く草木に、舞い散る花弁に、その存在を感じるだけ。
 誰も、その姿を見ることはできない。





 暗く、深く、静かで、息苦しい程に空気が重い。
 そんな夜の森の中、一人の子供がうずくまって泣いている。
 大輪の朝顔が咲き誇る薄黄色の浴衣に身を包んだ女の子供。綺麗に整えられていたのだろう髪は ほつれて、ぼさぼさになっている。帯に挿された赤い風車が、ほんの少し前までの、楽しい夏祭りの 情景を思わせた。
 久しぶりに訪れる、優しい祖母が住む田舎の村の夏祭り。いつも静かな村がこの時ばかりは活気で 溢れる。辺りが薄闇に包まれ、祭りが終焉に向けて走り出す頃、数え切れない程の雑踏の中で子供は 宙を舞う一匹の蛍の姿を目にした。その儚げな輝きに魅せられて、夢中になって後を追いかけて。 その結果がこれだ。親とはぐれ、森の中で迷子になった。帰る道が分からずに、もうずっとこうして 座り込んでいるのだ。

「誰か…。私は、ここだよ……」

 か細い声で子供が呟いた。その時。
 風車が、回った。
 停滞していた森の空気が動き、風が吹く。
 子供は弾かれたように立ち上がり、辺りを見回すと、意を決したように歩き出した。からからと 軽快な音をたてて回る風車に導かれるようにして、風の吹き渡る方向へと足を進める。

「―――!」

 木々の合間にいくつもの灯火が揺れている。
 その中の一つが、子供の名前を呼んだ。あちらこちらから呼ぶ声が聞こえる。子供が姿を消したことに 気が付いて、大人達が探しにきたのだろう。
 自分を呼ぶ、その声に向かって、子供は真っすぐに走っていった。





 遠くなっていく子供の背中を見送る。
 先程まで勢いよく回っていた風車は、既にその動きを止めている。それもそのはずだ。なぜならば、 あの風車を回していた盆東風はここにいるのだから。
 完全に、気まぐれだった。
 風そのものである盆東風の姿は何者の目にも映ることはない。
 ただ揺れ動く草木に、舞い散る花弁に、そして風車の回る姿に、その存在を感じるだけだ。
 子供が持つ風車を見て、ふと盆東風の頭に気まぐれが浮かんだ。一人ぼっちの子供の姿に哀れみを 感じたからか。それとも、自分という存在がここにあるのだということを誰かに気が付いて欲しいという、 子供の心に共感を抱いたからなのか。しかし真意は、盆東風自身にも分からなかった。
 盆東風は苦笑した。
 嵐を率いて各地を渡り、時には人の命さえ奪う自分が、子供を助けるような真似をするとは。

「やれやれ」

 ひょいと肩をすくめる動作は、自分自身に対する呆れの気持ちのためだ。
 盆東風はつい先程、子供が消えていった道の先へと視線を向けた。
 気まぐれに迷子の子供の道案内をすることはあっても、盆東風がその進路を変えることはない。 道は既に定まっている。何があろうとも、ただその上を進んでいくのみだ。一度は救った子供の命が 奪われることになろうとも、それは盆東風の関知することではない。
 そうしてゆっくりと、盆東風は村へと向けて歩いていった。





 その晩、村を激しい嵐が襲った。
 風雨はすべてを蹂躙し、幾人もの命を奪って、そして去っていった。










盆東風(ぼんごち):夏の終わりに吹く東風。暴風雨の前兆という。
http://www32.ocn.ne.jp/~gaido/kaze/jiten.htm 風の辞典より







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