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 いつ見ても変わらぬ町の喧騒。この賑やかさに身を浸すと安心する。道を往来する一人一人を捕まえればそれぞれが様々な事情を 抱えているのだろうが、とりあえず、いつもと同じ日常がここにはある。守るべきものを、守れていると実感することができる。 だからギルフォードは町に出るのが好きだった。
「アリア、探すのが面倒だからはぐれるなよ」
 きょろきょろしながら隣を歩くアリアに釘をさす。
 いつ来ても、毎回アリアはこの調子だ。初めて歩く道でもないのに興味津々といった様子ではしゃぐ。
「この前だって、俺がどれだけ苦労したか」
「だからごめんって、何度も謝ったじゃない。私だって好きではぐれた訳じゃ…」
「好きではぐれてるんだとしたら相当性格悪いぞ」
 ギルフォードの意地の悪い物言いにむくれながらも、本当に申し訳なく思っているのだろう。アリアの眉が八の字に下がる。
 そんな、正直なアリアの表情に密かに笑みをこぼしつつ、ギルフォードはわざとらしい動作で左の腕を差し出した。
「ほら、つかまってな。そうすれば余所見しててもはぐれないだろ。俺がエスコートしてやる」
「エスコートって…」
 流石にためらう素振りを見せたアリアだったが、やがておずおずとギルフォードの左腕に手を伸ばした。腕を組むのではなく、 そっと服の肘の辺りをつかむ。
「もう、恥ずかしい。子供みたいじゃない、私…」
「迷子になって探し回られる方が、よっぽど子供みたいだ。我慢するんだな」
 そうしてギルフォードとアリアは、ひとかたまりになって雑踏の中を歩き始めた。



 今日はアリアは一日休暇をもらい、ギルフォードも仕事を片付け夕方まで時間を空けることができた。久しぶりに二人で町を散策し、 そのまま、昼食も町でとることにする。何度か訪れたことのある食堂の一番端のテーブルについて、向かい合って座る。来る度いつも 盛況な店内は、今日もすぐに満席になった。
「お城の料理もいいけど、こういう方がやっぱり落ち着くかも」
「まだ慣れないか?」
「最初の頃よりは随分慣れたけど…」
 白い湯気をたてる煮込み料理を一匙すくい、ぱくりと食べる。
「ご飯は、みんなでわいわいしながら食べた方が美味しいと思うんだよね」
 少し硬いパンをちぎって口へ運ぶ。
 アリアが食事する姿を眺めながら、ギルフォードはぐいとジョッキをあおった。
 日が落ちれば酒場に転じるこの店では昼食時も酒を提供しているが、ギルフォードのジョッキの中身は残念ながらノンアルコールの 飲み物だ。ギルフォードとて飲みたいのは山々だが、この国の第三王子にして青竜騎士団長という身分で、昼日中から堂々と飲酒する 訳にはいかない。
 不意に、不明瞭なだみ声が店内に響く。
 何事かとギルフォードが目を向けると、赤ら顔の男が若いウェイトレスを相手に何やら怒鳴り散らしていた。
「どうしたんだろう…」
 眉を寄せるアリアを横目に、こっそりとギルフォードはため息をついた。
 前にもこんなことがあったような気がする。どうしてアリアと二人で町に出ると、こうも騒ぎに巻き込まれるのだろうか。
 そんなことを考えているうちに、興奮した様子の男がどんとウェイトレスの肩を突き飛ばした。男の力で、少女は簡単に倒れる。 ざわざわっと動揺が広がる。その時。
「…ギルっ!あの子、助けてあげて」
 アリアがギルフォードを揺する。
「事情はわからないけど、女の子を相手にあんな風に乱暴するのはよくないよ」
「…あ、ああ。そうだな」
 その勢いに圧倒されながら頷く。そしてギルフォードは立ち上がると、騒ぎの中心地へと乗り込んでいった。



「よく自分で飛び出さなかったな」
 騒動は何事もなく落着した。その立役者であるギルフォードには店内のあちこちから拍手喝采が贈られたが、 却ってそれは居心地が悪く、結局二人はそそくさと会計を済ませて食堂を出ることとなった。
 何のことかと一瞬考えて、それからアリアはギルフォードを見上げた。
「だって俺を頼れって。前に、ギル言ってたじゃない」
「それでも出ていくのがアリアかと思った」
 良くも悪くも、それがアリアという人間なのだと思っていた。生来の性格を変えることは容易なことではない。
「一緒にいたのが、ギルだったから」
 くい、と袖を引かれる感覚。
 昼前のあの時間帯と違って、今はそれほど人通りは多くない。だから、はぐれる心配をする必要はないのだが。
 恥ずかしいと嫌がっていたはずのアリアが、ギルフォードの袖をぎゅっと握りしめている。外から見れば、まるで 手を繋いでいるかのようなその近さ。
「私、決めたの」
 ふふっと笑うアリア。
「ギルには思い切り頼って、思い切り甘えてやるんだ、って」
 その笑顔は一点の曇りもなく晴れやかで。
「だから、ギルも私のこと頼ってね?」
 目を奪われる。
 咄嗟にギルフォードは空いた手で口元を覆い隠した。鏡がなくとも、自分が赤面しているだろうことがわかる。
「あー…」
 確かに、頼れと言ったのはギルフォード自身なのだが。こうも素直に頼りにされてしまうと、それはそれで。
「なんか照れるな…」
 嬉しいけど、照れ臭い。
 自分の言葉が与えた影響も知らずきょとんとした表情のアリアに、観念したように顔を覆っていた手を外すと、 ギルフォードは赤いままの顔で笑った。






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